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いつかの記憶

背中が焼けるように熱い。

血が、止まらない。

背中には盗賊が好んで使う短剣が突き刺さっている。
獲物として目をつけられた者の、末路。

この耐え難い痛みの中、犠牲者が声にならない声で何かを訴えている。
言葉にならなくても助けを求めていることは誰の目にも明らかだった。
だが――もう、遅い。
致命傷だ。この男はもう声すら絞りだせない。

「こいつ、かなりため込んでるぜ。思ったとおりだ」
「俺たちじゃなくても目をつけられて、いつかはこうなってたさ」

血液の大半を失い意識が遠のくなかで、浅ましいやりとりが耳に届く。
これが、彼と……私が最後に聞いた声だった。

動かなくなった身体から、強引に『私』が外された。
金目当ての連中が私を見逃してくれるはずもなく、他の金品と共に彼らの戦利品のひとつになる。
今頃盗賊たちはどこに売りつけるかの算段を始めているのだろう。

――好きにしろ。その手の中にあるのは、ただの装飾品だ。

そう、それでいい。
私はこれまでも道具だったのだから。
深い輝きをたたえる宝石。
物珍しい、生きた魔法の品。
便利な術を使えるようになる腕輪。

私の扱いの選択権は持ち主にある。
それなら、ただの『物』であったほうが、気が楽だ。

これからもこうして人の手を転々とするなら、なおのこと。





「腕輪、みたいね。……綺麗」

――どれくらい時が過ぎ、人の手を渡り歩いたのか。
久しぶりの身体の感覚。ぼやけていた意識が実態のある世界に引き戻される。

深紅の宝石を見つめる娘の腕で、時間は再び動き出した――。


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2009.02.28