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それぞれの行く先に

早朝。
昨晩開かれたタックの送別会がいつものバカ騒ぎになだれ込み、冒険者たちが酒場の二階で雑魚寝をしている頃――

「姉さん、本当に行くのか?」
「なによ、今更」
居心地が悪そうに騎士が話している相手は一人の魔法剣士。
少し前に魔法剣士の命ともいえる武器を失った彼女は、再びそれを手に入れるための旅に出るところだった。
「……今までと同じ作り方じゃ、同じことになるし。今度は怨念とか、毒とか……そんなのじゃないドラグニルじゃないとダメだから」

今現在、魔法剣士たちが使っている槍は、竜の怨念が込められた刃と使用者を蝕む毒を持つ、ひどく呪われたもの。
人が、竜と同じ力を得るために、竜の力をいびつに捻じ曲げて槍の形にした代物だった。

「ちゃんとした、作り方を探さなきゃ」
「そうじゃなくて……姉さん、何も言わずに行くのか?」
しばらく仲間とは会えなくなるんだと、弟が言っているのがリコルにはわかる。
「言うって……いったって」
「あんまり見送りはされたくないんだろうけどさ……いきなり黙っていったら」
「……旅に出るのは、みんなもう知ってるから」
はっきりとものを言う彼女にしては珍しく、奥歯にものが挟まったような返事を続ける。

「イストにも、何も?」
「――!」

リコルの肩が大きく震えた。
イストは彼女と同じ魔法剣士であり、今もドラグニルを持っている。
この件についても他人事ではない。
そしてリコル本人が個人的な感情を抱いている相手でもあった。
「何年かかるかわからない、そもそも見つかるか保証もないのに、わざわざ挨拶して出発なんか……!」

……そんなの、『待ってて』って言ってるみたいじゃない……
本当は、一番言いたいことだけれど。
顔を見せただけで、彼にはそれを読まれてしまいそうな、自分の気持ちを見透かされてしまいそうな気がする。

「それで、いいのか?」
「……いい。顔、合わせたら行けなくなりそうだし」
「そっか……」
テオはそれ以上何も言わなかった。
こうと決めたらこの姉は折れないのを、弟はよく知っている。
「じゃああれだ、今じゃなくても何かわかった時に寄るとか、してくれよな」
「ん……会うならそれがいいな。手がかりが見つかったとき」
少し静かな空気が流れ――
「リコさーん、早くしないと馬車が出ちゃいますよっ。あ、テオさんおはようございます」
空気を読まない男がその静寂を打ち破った。
姉と弟は同時に苦笑する。

「……じゃあ、な」
「うん、いってくる」



二人の乗った馬車が見えなくなった頃。
「行ったか」
「イスト!? なんでっ……」
いきなり背後から声をかけられ、テオの心臓が跳ね上がる。
「俺が酒場で寝こけてるとでも思ってたか? ……ゆうべは、お前の様子が妙だったからな」
「ぐっ……普通にしてたつもりだったのに」
すっかり見透かされている。こういった読みあいではイストが二枚も三枚も上手だ。
「でもなんでそれで姉貴のことってわかったんだ?」
「最近リコルは自分の宿と別方向に帰っていただろう」
宿を引き払ったため、数日前からリコルはテオの部屋に寝泊りしていた。

槍の作成方法を探すとは前から言っていたから、少し考えればわかることだ――そう言いながら、もう一人の魔法剣士は二人が向かった方向に目を向ける。

「まったく……あのヘニャ侍よりは遥かに役に立ってみせるものを……」
イストはわずかに眉をよせ、共に行けないもどかしさをその声に含ませる。

「ん? イスト何か言った?」
「……ああ、これからテオも忙しくなる、ってな」
つぶやいた声をテオに聞かれ、イストはなにくわぬ顔ではぐらかした。
いつも通りの涼しい顔に戻った彼の胸のうちを読み取ることなどテオにはできないだろう。
こういった読みあいではイストが二枚も三枚も上手だ。

「忙しくなるってなんだそれ」
「ああ、今までの冒険の記録をまとめるのに付き合ってもらおうと思ってな」

テオは知らない。
その『記録』がどういった内容のものであるか。

イストもまた、この時は知らなかった。
その『記録』が仲間と自分にどのような波紋を及ぼすことになるのかを――

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2008.11.30