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○○○のアトリエ〜ただいまお料理中!〜

「これ! この最後の一個ちょうだい!!」

『欲しいときに欲しいものは来ない』
「ダンジョンの外でこの法則が発動しなくてよかった」と、数量限定のチーズケーキが残っていることに感謝する。
気持ちに余裕も出来てクッキーを物色し始めると、慌てたような足音が。
そろそろ夕方近く。自分と同じくパーティの買出しに来た客だろう。
背中越しに聞こえてくる話の雰囲気ではその客もこのチーズケーキ目当てだった様子。

思いっきり聞き覚えのある声だった。

「テオ!?」
「へ? あ、姉さん、なんでこんなところに!?」

この日にケーキ屋で『こんなところ』も何も、今日の『主役』を買いに来たに決まってる。
言いかけて。
弟とニアミスで自分が手に入れたケーキに視線を落とす。
「あんたもこれ、買いに来たんだよね? ……私が持ってるのが最後のひとつ。どうする?」
彼女自身、この特別な日に、特別なケーキを逃してしまうところだっただけに彼の無念さがよーくわかるのだ。
知ってしまった以上、このまま見捨てていくわけにいかなかった。
パーティの間、このことが頭から離れない気がする。
それくらいなら……
「半分……いる? 今日は私の部屋に集まることになってるし、そこで切ればいいから」
「そりゃ助かるけど、なんか悪いな……」
「いいの。これにこだわってたの、私とタックぐらいだったもの」

こうしてリコルの精神衛生上の問題とテオの買いそびれたケーキの問題が解決した。

「んー、このフルーツケーキはラムがきいてて好きなんだよね、でもモンブランもクリームたっぷりで……」
代わりのぶんのケーキを熱心に選ぶリコルの後姿に向かって、遠慮がちに騎士が声をかける。
「……ね、姉さん?」
「何ー?」
目の前の甘味を吟味しながらの返事。
「そっちは姉さんの部屋に集まることになってるんだろ?」
「そ。商店街に一番近いからねー……抹茶のも風味がよかったっけ、最初緑色でびっくりしたけどジンがすすめてくれて……」
「あのさ、俺たちは酒場でやるんだけど、どうせならこっちで一緒にやらないか? 今頃七面鳥の丸焼きも準備されてるんだ」



その七面鳥は、現在進行形で悲惨な末路をたどりつつある。
「セニア、七面鳥を直接火にくべない! ……あ〜あ、ひとつまるごと炭にしちゃって」
「火加減わかんなーい。ジンのを見た時はこんな感じだったと思うんだけどおかしいなー」

仲間たちの必死の説得で『ツリー飾りつけ係』に任命されたはずのセニアが暴走開始。
ブレイズはテオの帰りが遅いと様子を見に行った。
マリアは今日は教会で過ごすらしい。
イストは我関せず、涼しい顔で座っているだけ。
ヒーは準備前に隔離され、シーマに至っては既に出来上がってしまっている。
「もうさー、手榴弾投げつけて沈めちゃえばー? それともあたしが爆裂する?」
「シーマお願いだから黙ってて……」
真面目に止めようとする者はもはやジーナしかいなかった。



そんなことはつゆ知らず、追加の買い物を済ませるそれぞれの買出し組み。
「ラッキー、くじ引きの券が二枚も。どこでやるんだろ」
「店のサービスね……姉さん、あのケーキ屋にはよく行ってる?」
「まーね、ちょっと面白いケーキも注文したことあるし」

「あ、向こうがやたら賑わってる、くじ引きはあそこっぽいな」
「じゃあやっててよ。会場が変わったって使い魔飛ばして知らせてくるから」
俺の宝物判定の平均値を知っていますか姉さん。
そして案の定、結果は参加賞のメッセージカードだった。
クリスマス用なので今日までしか使えない。実質的なハズレである。
やけにカラフルなのがまた物悲しい。

「何をしてる何を」
もう一回、今度こそ、というときに背後から蹴りが入った。
「あ、ブレイズ。鳥の仕込みをしてるんじゃなかったのかよ?」
「あんまりお前が遅いから様子を見に来たんだろーが。荷物もちまでつけて」
「ごめん。あ、あのさ、ちょーっと人数が増えることになった」
おかげでジーナがこだわってた最重要アイテムを手に入れることができました。……ジーナ、案外姉さんと話が合うかもしれないな。

「人が増えるのは構わんが……なんだ、テオの姉だったか? ふーむ……」
いつの間にか祭司長になっていた赤い司教は、コウモリを飛ばして戻ってきたリコルを見やる。
「…何?」
「死ぬほどオーラが似通わん姉弟だな。珍しいぞ? ……テオ。強く生きろよ?」
「…いい、わかってる」
などと話し込んで少し悲しくなってるうちに、今度は姉に駆け寄ってくるものが。
「リコルさーん」
「ジン。もう連絡いったの?」
「連絡? いえ、ちょっと帰りが遅いので心配して来てみたんですが。あれ、皆さんご一緒ですか?」
「こっちも色々あってねー。あと、テオたちが酒場でパーティやるっていうからそっちを貸してもらうことになったの」
「えーと、じゃあ皆さん一緒でパーティをするんですか? セニアも?」
なにげない会話で脇を固めながらも一番の興味事をリコルに確認してくるジン。
テオと同じ属性のこの男、セニアが絡むと途端に言動に熱が入る。いつも虚しく空回りだが。
やや圧倒されながらもうなずくと、一人別の世界に旅立っていった。

「コレは放っといて……今頃は他の皆にも連絡が行ってる頃でしょうし、早く移動してしまいますよ」
フレイムが残りのくじを引くと、景品はポーションが3個。
包み紙だけがクリスマス仕様で冒険者たちには特に物珍しくもない……と思ったら。
「『胃もたれ、食べすぎ、飲みすぎ、胸やけ、消化不良…』などにもよく効くと。妙なクリスマス仕様もあったものです」
「は、それはあると便利……いややっぱりダメだそんなセニアに失礼な」
ジンが一瞬戻ってきてなにやら思いつき、勝手に自己完結。そしてまた脳内のパーティに思いをはせに行った。

これが虫の知らせであると後で思い知ることになるのだが、この時は誰も気にする者はいなかった……

「ね、それってティアのケーキを食べた後にも効くと思う?」
「無理ですね」
フレイム、一刀両断。
ケーキに殺されかけた実体験を持つものの言葉は重みが違う。
「一応持っていってみようか、すぐ近くだし」
「無駄だと思うんですが……」

「……今日ぐらいはクリスマスケーキという食い物で祝いたかったのだがな」
「クリスマスケーキですよ? 『ティアの特製クリスマスケーキMarkII』」
「なんだその汎用人型決戦兵器のような名称は」
「改良を加えましたから。それから戦術汎用宇宙機器のほうです」
「余計ものものしいわバカ者!」
『黒い蝋燭』でライトアップされた錬金術師の館からは、聞くものに戦慄を呼び起こす会話がもれてくる。
「とにかく今日はショートケーキなんてみみっちい量じゃないんですから。チョコも倍増サービスでより赤いですよ?」
「ほんとだこりゃ赤い……じゃなくて眩しいほどに毒々しいわ!! 我輩に通常の3倍で死ねとー!?」
「いいから食え」
地獄絵図が進行していく。
何かが倒れる音、何かが割れる音、外にもれてくる刺激臭、そしてドン引きの冒険者たち。

「……また師匠が弟子に虐められてますね。この感じだと」
「想像以上だな……用が済んだら可及的速やかに離れよう」
フレイム、テオがため息をもらす。
「おお、ティアさんのケーキですか。保存状態がとてもいい」
メインの思考が別世界にいっているせいか、ジンだけがのどかな感想をつぶやいた。
それを尻目にリコルはなにやらカードにしたため、ポーションと一緒に館入り口前に置いて戻ってくる。
こころなしか忍び足。
気づけば、館の中は不気味に静まり返っていた。
「テオじゃないが、早く立ち去ったほうがいいな。七面鳥が俺を呼んでいる」
その鳥は、仲間の手によって炭化している頃。
早いとこ心地よいお祭り騒ぎに溶け込みたい。その一心で皆、酒場へ足を運んでいった。
その頃の酒場の惨状も知らず……



そう、彼らはヴァレスを気の毒がっている場合ではなかったのだ。
「これお砂糖どれぐらい入れていいの? ジーナ」
「…少なくとも、容器まるごと入れようとしているあなたが間違っているのは確かよ」
焼き鳥に飽きたのか、シチューにも手を出しはじめたセニア。
先ほど厨房からネズミが逃げていった気がしたのは何かの見間違いだろうか。
「この赤いのはどれぐらい入れればいいの?」
「もう……いいから……手……出さないで……」
「なぁ、報酬払うからアレ斬ってくれ」
鍋の中で混沌が物質化されていく中で、酒場の主人がとうとう最終手段を口にした。
できることなら私も今すごくそうしたい……斬ってもテオとブレイズが戻ってくれば生き返るわよね。
頭痛と村正を抱えながら、苦悩するジーナ。
しかし時既に遅し。高レベル忍者の手によってたった今、この世に新しい化学物質が産み落とされた。
「うん、完璧」
だめだこいつ……はやくなんとかしないと……
ティアのケーキは首の皮一枚で生き残るが、セニアのシチューは一瞬でHP0になる。
そしてシチューにはケーキのような追加効果はない。
どちらが存在として比較的マシな部類に入るかは、明白だった。



そんな夜が明けて、クリスマス当日。
戦士らしき人物が朝も早くに錬金術師の館に訪れた。
「ふむ……さすがに今日は開いていないか。出直すとしよう」
近頃、修行の効果が上がると冒険者たちの間で噂になっている秘密のアイテムを求めにやってきたのだが。
「昨日は特に丹精こめて作られたものが出回っていたそうだが……仕方あるまい」
それほど興味がなかったのか、あっさりと立ち去る。

『本日休業』の札がかけられた入り口の下には、綺麗に包装された一見クリスマスプレゼントのようなものが夕べの姿のままで置かれていた。
ヴァレスが動けるようになったらそれを見つけるだろう。
『生きろ』と一言書かれた赤・緑・金色のきらびやかなメッセージカードと共に。


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