ジョードの家で暮らす黒猫……それが新しい《現在》でのシセルだった。
この《現在》では刑事であるジョード、その娘カノン。
そして。ジョードの妻であるアルマ。今は失われた《過去の世界》では、その命を失っていた彼女も一緒だ。
「シセル、ミサイルちゃんが一緒に遊びたいって」
椅子でくつろぐシセルの前に、つぶらな瞳のポメラニアンがくるくると走ってきた。
とあるパーティの後、リンネはよく飼い犬であるミサイルを連れてこの家に遊びに来るようになった。
ミサイルがあんまり嬉しそうだから、と。
(小さなレディとミサイルの“再会”はまさに“よ う こ そ ッ !”…だったな)
(“運命は、かならず、すれちがう”…そういうことか)
シセルは思う。ここにいる自分たちのめぐりあわせは偶然ではないのだと。
そして。《更新前》の記憶を残しているミサイルやジョードもまた、同じ思いでいるだろう…とも。
「ふふ。犬なのにシセルと仲いいね、ミサイルちゃんは」
「そうだなあ、シセルもまんざらでもないようだしな」
父と娘の話を耳にしながら。シセルは目を細め、子猫の細い尻尾を少しばかり上下に動かしてみせる。
小さな子猫の、妙に大人びたその仕草はミサイルへのささやかな返事のつもりだ。
“一度死んで助けられた”という事実さえも消滅したこの《現在》。今、“二人”には。シセルと魂をつなぐ《コア》はない。
それでも。お互いの気持ちは通じている……言葉のいらぬ猫であり、“タマシイ”でもあるシセルにはそれがわかっていた。
「…そういえば。リンネお姉ちゃん、おそいね。ね。ミサイルちゃん」
今。リンネはミサイルをこの家に残し、何かの用事を済ませに行っていた。
(“ちょっとした買い物”と言っていたが…このレディの言うとおり…やけに遅い、気がする)
カノンが口にした言葉に、シセルもリンネのことが気になってくる。
もう夕食の時間になりつつあるのだ。
(…ヤッカイな事件に巻き込まれてなければいいのだが…な)
ミサイルにもカノンの気持ちが伝わったのか、“ボクも…ややシンパイです”という視線を黒猫に向け、小首をかしげている。
……そのとき。
電話の音が部屋の中に鳴り響いた。
「…はい。ああ…リンネか」
ジョードが受話器を取る。電話の相手はリンネのようだ。
シセルもすぐさま電話に《トリツク》とその会話に耳をそばだてる。
「あ…ジョードさん。遅れてごめんなさい。今から戻ります」
彼女の話では、店に行ったおりに偶然、他の客の忘れ物を見つけ、届けていたという。
(…ナルホド…ジツに彼女らしい理由だ)
ウェイトレスを助け、自身は巨大な肉につぶされていた“あの夜”のことを思い出し、シセルは苦笑する。
「そうだ。おわびにドーナツでも買って――」
続けてリンネがいいかけた、そのとき。
パァン。
鋭い音がリンネの言葉を途切れさせた。
「リンネッ!? リンネどうしたんだッ!」
……それは。聞き覚えのある音。
“あの夜”シセルが何度も耳にした、人の命を奪う音――銃声、だった。
ミサイルが吠えて騒ぎ出す。ポメラニアンのやや鋭い耳にもその音は聞こえたようだ。
「…様子を、見に行ってくれないか“シセルくん”」
受話器を持ったままのジョードがシセルの名を呼ぶ。
……“あの夜”の呼び方で。
『ああ…行ってくるとしよう』
黒猫は小さくニャアと鳴き、その“タマシイ”を電話線へ滑り込ませる。
「もしものときは…頼んだよ」
ジョードの不安げな声を背に、シセルはリンネのもとへと急いだ。
2012.07.12