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ツヅキカラ〜最終章〜

《死者の世界》で二人の会話が終わる頃。机の上のコーヒーはすっかりぬるくなっていた。
ヨミエルはそれを一口、口に運ぶ。

「さて…シセル。オレにも、キミのシゴトを手伝わせてくれないか?」

シセルの力になりたいと、かつての“赤いオトコ”は声に出して言う。それは“黒猫”ではなく“相棒”への言葉だった。

「“二度”もシス司令官の思い通りにさせるコトはないだろう?」
口の端を吊り上げ、ヨミエルは続けた。
『それに…あの“罪”を。少しでもつぐなえる、かもしれない。…その機会に恵まれたオレは…。運がいい』
その罪が、時間に飲み込まれ、“なかったことに”されたものであっても――今夜。繰り返される運命をとめることで。本当の意味で《運命を更新》できる気がするのだと、彼は心の声で言う。

『ヨミエル…』
シセルは金色の瞳を丸く見開いて、ヨミエルを見つめた。
少し面食らったような黒猫の視線に、彼は肩をすくめる。
『“ラブリーな連絡先”…たしかにそうだったよ。今夜の事件をオレに知らせてくれた。それも…キミとの再会を通してだ』
(そういえば…)
『…なぜ。デンワの先は“ここ”だったのだろう?』
ひとつの疑問がシセルの口をついて出る。“あの夜”と違い、ヨミエルは今夜“トリヒキ”にはかかわってはいない。
『…警部さんはオレに用があったのさ。今夜盗まれた“機密情報”が消えてしまうと、警察は困るコトになるからな』

もう一口、彼は冷めたコーヒーを口に含み。
『情報が消えるシカケ…それを作ったのは。この…オレだ』
この事件とのつながりを、口にした。

『…スパイ容疑がかけられた時の。オレのシゴトだったんだ』
『なんだって…!』
事件とヨミエルが思わぬところでつながっていたことに、シセルは驚く。

『…10年前よりも、ずっと前から。《運命》ははじまっていたのだろうか…?』
『さあ…な。“はじまり”なんてダレにもわからないさ。この事件もシス司令官が“覚えていた”だけかもしれない』
『この私のことを“覚えていた”リンネのように…か』

この《現在》では“トリヒキ”も“アヤツル者事件”も起きていないため、シス司令官は《アシタール》そのものを求めるまでには至っていない。
だが。《更新前》からの執念がそうさせたのか、それに近いものを今夜狙ってきている。

(…あまりうれしくはない…な)
無意識に、シセルの耳は横に倒れていた。自分のことを覚えていたリンネと一緒というのはあまりいい気分ではなかった。
『《アシタール》を手に入れた矢先に《更新》されたんだ。よっぽど心残りだったんじゃないか?』
一方ヨミエルのほうは、やや悪い顔になる。“してやったり”といった表情。シス司令官に何か思うことがあるのだろう。

『あの司令官が覚えているかもしれない以上。《アシタール》につながる情報の扱いは重要だ。ヤツらは海の向こうからでも、《死者のチカラ》の正体をつきとめていた』

ヨミエルは、パソコンに向き合い。なにやら操作しながら、淡々と説明を始める。
シス司令官らが“あの夜”本当に求めていたもの――《アシタール》や《死者のチカラ》にたどり着く前に、この国でも公園に落ちてきたインセキがただの石コロではないと知ってもらう必要がある、と。
公園にエージェントがいないこの《現在》では。隕石を掘り出して持ち去ることはたやすいのだ。

『少なくとも。“狙われる”ようなシロモノってことは知っておいてもらいたいトコロだ』
ヨミエルは喋りながらもキーボードを叩く。カタカタという音が彼の手から生まれては消えていった。
『…だから。“機密情報”にはブジでいてもらわないとな。消えるシカケを解除する方法…時間までには作ってみせるさ』
やや早口で話すヨミエルの口調は。どこか事務的だった。

『キミは…キミ自身はそれでいいのだろうか?』
黙って聞いていたシセルが疑問の声をはさむ。同時に彼の指は止まり、部屋に静けさが戻った。

黒猫が彼の心の奥底に垣間見たのは、わずかな葛藤。
彼にとって《アシタール》は忌まわしく、呪われたものでしかない。
シセルは問いかける。その情報を残してしまってもいいのだろうかと。本当は永久に消し去りたいものではないのかと。

『ハナシを聞いたとき…ほんの一瞬、オレも考えたさ。このまま“機密情報”が消えてしまったら…あの石がダレの手にも渡ることなく終わるんじゃないかって…な』
ヨミエルはため息と共に本心をを吐き出す。
『けどな…“機密情報”だけ消しても、イミがないんだ。他のキロクも、人のキオクも…公園のインセキも。消えてなくなるわけじゃない』
『そう、か…』
『なに、あとはジョード刑事がなんとかやってくれるさ』
『ああ…やってくれるに違いない。…サッソク、このことを伝えに行くとしよう。…ところで。頼みがあるのだが』
『…頼み?』
『デンワまで“私”を運んでくれないか、ヨミエル』

ここに来るときも。夜食をのせたトレイが通りかかるまでは電話から動けなかったと、マウスにとりついた幽霊はため息とともにぼやいた。



電話のある廊下までヨミエルがきたところで、彼は“シセル”とすれ違い、二言三言、言葉を交わした。
『ヨミエル。彼女は…』
『ああ…彼女が“シセル”さ。…もう二度と。会うことはないと思っていた』
彼女の後姿を見送りながら。“あの夜”の奇跡を、ヨミエルはかみしめる。

『オレが失ったものも、奪ってしまったものもすべて。キミが、取り戻してくれたんだ、シセル。…ただ…』
この幸せと引き換えに命を失い、永遠という呪いに捕らわれてしまった黒猫への思いが。ふたたび彼の胸をかすめる。

『…気にすることはないさ。《運命の更新》はマチガイじゃない…ワレワレが取り戻したこの《現在》は…悪くない』
『シセル…』
やや誇らしげなシセルの感情がヨミエルに伝わり、彼は理解する。彼に伝えるべき気持ちが“後ろめたさ”などではないことに。
『ありがとう…シセル』
彼はわずかに声を湿らせ、短い言葉で感謝の気持ちを伝えた。

『…やっと、キミの本当のカオを見たような気がするよ…ヨミエル』
『本当の…カオ?』

生から切り離され、“死ぬ”こともできず、最愛の人を失った悲しみと孤独、絶望。
シセルと過ごした10年間ずっと。ヨミエルの心に横たわり沈殿していた感情は、彼から本当の笑顔を奪っていた。

『さっきも言っただろう? この《現在》は悪くない…と。そういうコトだ』

満足げな一言を“相棒”に伝え。シセルは電話線へと滑り込んでいった。



警察への連絡と、リンネとの情報交換のため、ゴミ捨て場管理室に戻ったシセルを迎えたのは。
何者かが侵入した形跡と、女刑事の“亡きがら”だった。

『なんということだ…』

彼がジョード刑事やヨミエルと話している間にまた、事件が起こっていたらしい。
『リンネのタマシイは…まだ。キゼツしている…か』
すぐさま“亡きがら”にとりつくシセルだったが、リンネが目を覚ます気配はない。
(…死んだばかり、というコトか)
『…とりあえず。さっさと4分前に《モドル》としようか。リンネもその間に目を覚ますだろう』

リンネの《死》にはもうシセルも慣れたもので、気絶したままの彼女の魂を連れて過去へと飛んでいった。

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2012.10.21