人気のない夜の公園。黄色いコートの女が電話に向かってなにやら話している。
「あ…ジョードさん。遅れてごめんなさい」
ここは、リンネが死ぬ4分前のアシタール公園。
ジョードと話をしているリンネは当然、今から自分が撃たれることなど知らない。
彼女の《死》を知るのは、時を越えて来た二人の死者だけだ。
『このハナシの途中で銃声が聞こえたのだったな…キミが逃げてくれるのが一番カンタンなのだが』
『それ、ムリだから』
死者たちの“声”は生者には決して届かない。
その身に危険が迫っていると伝えることはできないのだ。
『キミを撃ったハンニンを止めるしかない…か』
周囲にあるのはいくつかの遊具とゴミ箱、そして背の高い木。
身を潜める場所はそれなりに多く、明かりのない公園でリンネを狙う者を見つけるのは困難だった。
『…見つからないわね…』
『では。“死者の目”で探すとしよう』
その声と同時に、ふたたび《死者の世界》が広がる。
公園にある物も、リンネの“亡きがら”も、シルエットと光る《コア》だけを残し、その色を失った。
リンネを狙う犯人も例外ではない。
《コア》はないものの、物陰に隠れているその姿が、障害物を透かして影が浮かび上がる。
『あッ! いたッ!』
『…! あれは…』
《死者の世界》では、顔などの細部は見えない。
だが、シセルには。リンネを狙い、銃を構えるその影の形に見覚えがあった。
(たしか…テンゴ、といったか)
『知ってるカオ?』
シセルの心の“声”を聞いたリンネがたずねる。
魂がむき出しで存在するこの世界では、思ったことがそのまま相手に伝わってしまうのだ。
『覚えてないのか…。一度、キミはこいつにイノチを奪われている。…もう、その過去はなくなったが』
『うううん…さすがにキオクがアイマイね。その“なかったこと”になった夜については』
(まあ…そのほうがいいだろう、な)
《死》の記憶など、ないほうがいい。
“あの夜”叫んだ言葉を、シセルはふたたび心の中で繰り返す。
『ね。今のハナシからすると。二回もあたしを撃ってくれちゃってるワケよね、そのフラチなアイツは』
『あ、ああ…そういうことになる』
『よーし。そんなヤツはどうにかしてダマらせちゃおうね!』
まぶしく輝くリンネの笑顔。
彼女の魂はシセルが思うよりも強くしなやかだった。多少の痛みなどものともせずに突き進んでいく行動力はここからくるのだろう。
(ああ…いつだってキミはそうだったな…!)
『では、そろそろはじめようか。4分間の《ゲーム》を!』
――4分後。
シーソーに足を取られ、異様に回るグルグルジムに翻弄され、激しく揺れるブランコに後頭部を強打された殺し屋が、公園に転がっていた。
『やー。ほどよくダマったわねー。…撃たれそうになったときはさすがにヒヤッとしたけど』
その放たれた銃弾は、ちょっとしたアクシデントにより“偶然”それたことになった。
「いったい…何が起こったの…?」
電話の前では命拾いをした女刑事が放心している。
受話器は外れたままだ。通話は途中で切れたようで、無機質な電子音だけが小さく繰り返されていた。
『…あ! …デンワ。ジョードさんがシンパイしてるわ、きっと』
『そうだな…銃声は向こうにも聞こえている。急いで新しい《現在》へ戻ろう』
二人の死者は、ふたたび時を越えていく。
“リンネが生きている新しい現在”へと――
2012.07.12