危険な行動はしないこと。怪しい人物を見かけたら必ず応援を呼ぶこと。
必ずシセルと一緒に行動すること――
この三つを守るという約束で、リンネも捜査に加わることになった。
ジョードの独断だったが、貴重な目撃者ということで特別捜査班の班長であるカバネラ警部に話を通してくれるらしい。
「…早くこのゴクアク犯、引き取りに来ないかな」
(さっきから“テンゴ”の呼び方がヒドいが…もう、どうでもいいな)
はやる気持ちを抑えながら、リンネは公園で警官を待っていた。
さすがに、殺し屋を放置しては行けない。
「まあ…どこを捜査すればいいのかの、あてもないんだケド」
手持ち無沙汰な女刑事の独り言。それに口をはさむ幽霊がいた。
『…なら。まず他の刑事と合流したほうがいいのではないか?』
『でも。その間にハンニンが遠くに逃げちゃったら、やだし』
(ヤレヤレ…。…だが。私も気になる…な)
先ほどの電話で、リンネはトランクを届けた相手の特徴を伝えていた。
その風貌は“黒ずくめで背の低い外国人の男”。シセルが“知っている”人物にきわめてよく似ているものだった。
『気になるが…手がかりといえばリンネの情報のみ。地道に探すしかないだろう』
《死者》がいない以上、4分前に戻ることができない。
運命を更新できずとも、その現場に戻ることさえできれば手に入る情報もあっただろうが。
「…待ってる間に。シセルがとりつくものでも用意しておこうか」
シセルが彼女と行動するためには、彼をとりつかせたまま持ち運べる《コア》のついた物体が必要になる。
リンネが出したものは、財布や鍵、筆記用具にペンライト。生者には《コア》が見えないので手当たり次第だ。
『なら…このライトに《トリツク》としよう。《アヤツル》こともできるしな』
『それ、今日買ったの。ホラ、あたし。暗いトコロってニガテだから』
彼女の買い物は思わぬところで早速役に立った。
『これを買ったとき。お店のデンワの横にトランクがあるのを見つけんだよね…』
『…キミは親切にもそれを持ってここまで来たワケだ。そのせいで撃たれるはめになるとも知らずに、な』
『まあ…ね。ここで銃をつきつけられるの、これで二回目よ』
リンネの魂にほんの少し、憂鬱な感情がよぎる。
更新前の彼女が“一生来ないつもりの場所”と言っていた、この場所。《現在》でも似たようなものなのだろう。
(…今夜もまた。この公園で“コワいこと”が起こってしまったな…)
10年前も、そして“あの夜”も……このアシタール公園で起こる事件にはろくなことがない。
(リンネの《死》…赤いトランク…。テンゴ…そして。盗まれた機密情報…か)
シセルの中で“あの一夜”を思い出させるキーワードが次々と重なっていく。
(これは…グーゼン、なのだろうか?)
ただの偶然かもしれない。しかし、一度浮かんだ考えはぬぐいされるものではなかった。
『…リンネ。この事件の“ハンニン”…心当たりがないわけでもない』
『…え』
『今回の事件。“あの夜”と似ている…。いや…似すぎている』
積み重なる数々の一致。もしも。この事件の黒幕が《更新前》と同じだったなら――
『…私は“知っている”。その時のハンニンが使っていたデンワ番号を、な』
『デンワの向こうに行けば、手がかりがつかめる…』
『そういうコトだ。人違いのときはムダ足になってしまうが』
“赤いトランクのオトコ”と、彼らがつながっている確信があるわけではない。
“あの夜”知った電話番号が無事、潜水艦につながる保障もない。
(…だが。確かめてみるのも悪くない)
赤く光る電話線をシセルはたどっていく。心の準備は、もうできていた。
2012.07.20