……ギイ……
耳障りな音を立てて、錆び付いたロッカーの扉がゆれる。
“偶然”開かれたそれは、リンネの盾となり、銃弾から彼女を守っていた。
『リンネ…ブジか…?』
「シ…シセル…」
「…これは、いったい。どういうコト…?」
「さ…さあね。日ごろの行い、ってヤツかしら?」
都合のいい偶然に、ビューティーは当然ながら戸惑いを隠せない。
「…偶然は。二度はないわ、お嬢さん」
一発、二発とピストルから銃弾が放たれる。
「くっ…!」
なんとか飛び退きリンネは回避した。
「いつまで、持つかしらね…?」
避けられてもその表情を変えることなく、黒い女はさらに銃口を女刑事に向ける。
反撃に移らない女刑事が丸腰であることを、彼女は見抜いていた。
また、三発目と四発目の銃声が鳴り響く。
「…あきらめが、悪いのね」
なかなか弾が当たらないことに少し苛立ちはじめるビューティー。
自分で言うように、“始末”は専門外の彼女だったが、もうひとつ……弾が“当たらない”理由があった。
彼女の周囲で物音がしたり、頭上から小さなゴミが落ちてきたり。
引き金を引く、その時に限って、妙な気配と共に“妨害”があるのだ。
数々の“ありえない”現象。そして、なによりも。心にうかぶ“あるはずのない”可能性。その二つがビューティーの集中を乱していた。
「どうすればいいの…!」
一方、リンネのほうもまた、銃を持っている相手に間合いをつかみかねている。
今、彼女は黄色いカサを持っていた。いつの間にか空から降ってきたものだ。
(…あと“一手”。何かが足りないようだな…)
リンネの手助けと、ビューティーの邪魔をしていたシセルはしばし思案する。
他に《アヤツル》ものを探す彼の目に、ある物が入ってきた。
『…シャンプー、か。…コイツはあまり、好きではないのだが…』
シャンプー。大抵の猫が嫌いなものの代表であるが、彼もまた苦手とするらしい。
『好きキライせず、なんでも《アヤツル》としようか…!』
シセルがシャンプーの《フタをアケル》。黒い女の足元に液体が広がり、彼女は足のバランスを崩した。
「そ、そこっ!」
リンネがすかさず傘で銃をはじき、ビューティーに突っ込んでいく。
女刑事の体当たりは見事、黒い女を転倒させた。
「…………。…勝ち目は、ないわね。…2対1じゃ」
(…!)
ビューティーは気づいていた。
続く“偶然”が何者かの意図によるものだと。それがリンネを助ける存在であるということを。
『これは…。《死者のチカラ》に気づかれた、か…?』
シセルがビューティの“霊感”に危惧を覚えたそのとき。
ゴミ捨て場に何かが投げ込まれ、あたりに白い煙が立ち込めた。
「ナニ、これ!」
真っ白になった視界にリンネが混乱する。
……しばらくして。煙がおさまった頃には、ビューティーの姿はそこになかった。
「…いない! どうして!」
『どうやら。ジャマが入ってしまったようだ…キミがうろたえている間に、な』
小さな影が乱入し、ビューティーを連れ去っていったと、一部始終を見ていたシセルが言う。
煙も闇も見通せる《死者の目》を持つ彼だが、乱入者の行動をとめることはできなかったようだ。
「そんな! あと一息だったのに。ワルモノめェ…」
犯人を取り逃し歯噛みするリンネに、シセルは落ち着いた声をかける。
『…だが、リンネ。キミのがんばりはムダではなかったようだ』
彼らはまた“忘れ物”をしていった――そう言ってシセルはビューティーの持っていた小さなカバンにとりついた。
ゴミ捨て場からビューティーを脱出させたのは、彼女と組んでいた小男だった。
「やー。アブナイトコロだった。ケガはないかい? ビューティー?」
「転んだときに、少し…ね。かすりキズよ。気にするコトないわ…」
「た…タイヘンじゃないか! ばい菌でも入ったらどうするんだい!」
青い顔をさらに青くして、小男はビューティーの傷の手当を始める。
「…ゴミ捨て場に置いてきちゃったわ、ね」
「…“例のモノ”かい?」
「今回のニンムの…ダイジなモノだったんだけど」
「キミのブジにはかえられないさビューティー。キミよりダイジなモノなんて。ないんだから、サ」
男は手当てをしながら、自分がいかにビューティーを大事に思っているのかを、つらつらと語り始める。
そんな彼の言葉を聞き流し。黒く青い美女は、ぽつりとつぶやいた。
「…今頃は。“次の手”が向かっている、でしょうね」
今夜。慎重で用心深いシス司令官は二重三重に保険をかけているだろう。
幽霊と女刑事に降りかかる災難は、まだ、終わらない……。
2012.08.31