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ツヅキカラ〜最終章〜

刑務所の看守室。
椅子の背もたれにだるそうに体をあずけた男と、背筋と足が直角になった姿勢で座っている男が何やら話をしていた。
「センパーイ、今度入って来たアイツら、一体ナニをやったんッスかね?」
「そ。それが…キミ。“あの”リンネ刑事を撃とうとしたらしいですよ?」
「…! あ…“あの”リンネ刑事をッスか…」

リンネの上についた“あの”という枕詞は、この両者で微妙に意味が違う。
彼女をトラブルメーカーと認識するリンジュー刑事と、彼女を“太陽”と憧れる名もない警官との間にあるような、絶望的な感覚の剥離がこの二人にもあった。

「…………オレ。アイツらの食事にタバスコ入れちゃおうかな」
「そ…そんな気楽なコトを言ってる場合ですか! もし。もしもですよ? ヤツらが脱走でもしてきたらと思うと……本官はもう、シンパイでシンパイで!」

切羽詰った声で己の不安を語る、堅苦しいほうの男。
彼はおもむろに立ち上がると、無駄にキレのある動きで奇妙な踊りをはじめた。
だらけた男のほうはその行為にも慣れたもので、呆れたように見ているだけだ。

「だーからって、今。踊らないでくださいよセンパーイ。もうみんな見飽きちゃってるんですから……」
横から心底うんざりした声が飛ぶが、彼のその勢いは止まらない。
ちょうどかかってきた電話にも出ず、むしろ呼び出し音をかき消す勢いで彼の踊りは加速していくのだった。



警察署の廊下では、カバネラがジョードに呼び止められていた。
「やあ。ずいぶんしぼられていたようだな?」
「ああ…勝手にカレに協力を求めた件でちょっと…ね」

“ラブリーな連絡先”――ヨミエルへの連絡は、彼の独断だった。
一度スパイ疑惑がかけられた、今現在は部外者となっている彼に今回の事件の協力をあおぐかどうか……。それを、腰の重い国の機関や警察上部が、事件発生から数時間で決断できるはずもなく。
結果的にカバネラに救われた形となった。

「機密情報をどうするか、“上”が決めるまで待っていたらナニもかも終わっちゃうじゃないか。マッタク、ラブリーじゃないね」
カバネラの口調がいつもの軽い調子に戻る。彼は大事なものの優先順を知っているのだ。

「それで…この後は。カレらの取調べだったか」
「…この間の事件。背後関係を洗い出さないといけないからさ」
「一味のうち二人は捕まえた、機密情報も戻ってきた。だが、一件落着は遠いなあ、相棒」
今も捜査中なのだろう、部屋からは電話の音と話し声が途切れることなく聞こえてくる。特別捜査班は目が回るほどの忙しさだ。

「なーに。“ベイビイ”の頑張りに比べたら、こんなのワケないシゴトだよ」
「…違いない」
シセルがいなかったらリンネは3回ぐらい死んでいたという。後でそれを聞いたジョードは生きた心地がしなかった。
更新前だろうが後だろうが、彼女の行動は心臓に悪い。

「そんなワケだから。特別捜査班のシゴト、もうちょっと手伝ってくれるかな?」
白いお調子者がベテラン刑事にうやうやしく差し出したのは、やけに分厚い紙の束。
「…。なんだい、これは?」
「おとといの取調べのまとめ。キミが裏を取ってくれるとうれしいなあ。…一件落着は遠いのさ…相棒」



とある家では、大きなコルクボードを運ぶ男がいた。
「ヨミエル…どうしたの? こんな大きなボード」
「これに…。写真をたくさん貼っておくのさ。飾る場所はもう決めてあるんだ」
「それはステキね…。場所は玄関? それともリビング?」
「いや…もっと奥の…ここがいい」

彼が指差したのはちょうど、電話の近くの壁。
確かに飾り気のない殺風景な空間だ。だが、来客の目に止まるような場所ではない。

「こんなところじゃ、ダレか友達が訪ねてきても。あまり見えないわよ?」
不思議そうな顔をするシセルに、ヨミエルは微笑み。
「それで、かまわないよ。コイツは…オレと。“シセル”のためにあればいい」
満足げに二人分の名前を口にした。

彼らの幸福な思い出は死者の《道》となり。後日、ヨミエルの“相棒”を出迎えることになる。



リンネの部屋では。女刑事のぼやきに付き合わされる幽霊がいた。
ソファの下ではポメラニアンが丸くなってくつろいでいる。

『あーあ。あたしも、捕まえたハンニンの取調べ。やりたかったな…』
『…ケガ人はおとなしくしているべきだと思うが』
『ちょっとあちこち打っただけで大げさなのよ。シセルもジョードさんもシンパイ症なんだから』

ソファに転がり、身体に湿布を貼り付けたまま伸びやあくびをするリンネ。相当に手持ち無沙汰の様子だ。

『それにしても。ライトでピストル弾くなんて、ちょっとカッコよかったわよ。うまいコト考えたじゃない!』
『ああ…“以前”見たことがあって、な』
シセルは含みのある言葉を返すと、口元をほんの少し上げただけの、いつもの笑みを浮かべた。
『へええ。やっぱりそれも“あの夜”見たことがある…ってヤツ?』
『まあ…な。…ところで、リンネ』
『ん?』
『ミサイルがホエはじめたぞ。おトナリから苦情が入る前に行ったほうがいいのではないか?』

興味を示したリンネをシセルはそっとはぐらかす。
リンネはまだ話の続きを気にしている風だったが。賑やかに吠えはじめたミサイルを放ってはおけず、あわてて抑えに行く。

(悪いが…そのやり方をした“彼”のことは。この私の胸にしまわせておいてくれないか、リンネ)
女刑事から離れたシセルは、一人つぶやいてみる。

(また…行ってみるとしようか。デンワ線を伝って。ヨミエルのところに)
事件の顛末を話したら、きっと驚くだろう。
そんなことを思いながら。黒猫の魂はサングラスの奥で、その瞳を細めた。



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2012.10.21