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ツヅキカラ〜第2章〜

『ヤレヤレ…』

デンワ線を抜けたシセルの第一声がそれだった。
彼の目の前に広がっていたのは、“あの夜”嫌というほど目にした光景。
(…やはり。あの音は銃声、か)
犯人はもう立ち去ったようで、コートを血に染めて倒れているリンネのほかには誰も見あたらない。

『さて。リンネと“直接”話してみるとしようか』
(何があったのか…“今回”は覚えているだろうか…)
色々なことを思い出しながら、シセルは女刑事の亡きがらに“手”を伸ばす。
瞬間、空間が赤く染まり、周囲の物の色と輪郭が消えていく。“タマシイ”同士をつなぐ《死者の世界》だ。

『リンネ…リンネ…。聞こえているだろうか?』
気絶している“タマシイ”にシセルは静かに語りかける。
『う…あたし…』
『リンネ…気がついたか』
シセルの呼びかけにこたえるように。青白い炎のような“タマシイ”が目の前で死んでいる女刑事の姿に形を変えた。

『あれ…あなた…。ええと…………“しせる”…?』
(…!)
『あ、ああ…』
(オドロいたな。覚えているのか…)

《新しい現在》で彼女と初めて出会ったとき。“また会えたね”と言われたことを、シセルは思い出した。
“あの夜”出会った幽霊のことか、それとも“新しい10年前”の黒猫のことなのか。そのときはわからなかったが……。

『…そうよ…あたし。思い出した。ううん…“覚えてる”』
(“何があっても、忘れない”…か。リンネ。キミは…)

それは、“あの夜”に海の底でリンネが口にした言葉。
その言葉どおり。彼女はシセルを忘れてはいなかったのだ。
悲劇の始まりである10年前の運命が更新され――リンネが死んだこと、助けられたこと、シセルという死者に出会ったこと……そのすべてが“なかったこと”になっても。
彼女の記憶に、新しい10年が上書きされていても。

『…久しぶりだね、赤くてトガったシセルは』
『そう…だな。…キミに話しかけるとき。思わずこのスガタになっていたようだ』
『《死者の世界》で話すには、今のほうが“シセル”ってカンジがするわ』

今。シセルの魂は黒猫ではなく、赤いスーツにサングラス、炎のように逆立った金髪の男の形をしていた。
リンネと共に己の記憶と、事件を追い続けた、あの夜の“シセル”。
それは。消え去ってしまった“過去”で黒猫の相棒だった男の姿だった。

『それに…見た目が猫だとムチャなこと頼みにくいしね!』
『トンでもないことをカンタンに言ってくれるな。…相変わらずのようで、なによりだ』
運命が何度更新されても、彼女は変わらないのだろう。
シセルは懐かしさ半分、呆れ半分のためいきをもらす。

『相変わらずついでに、聞いてみるとしよう。リンネ…ここで何があった?』
『それが…わからないの』
『…え』
『ホントにトツゼンのことだったみたい。…気がついたら、もう死んでて』
『…やはり。キオクにない、か』

今の《現在》では初めてかわす“いつもどおり”のやりとり。
《更新前の過去》は、もう、シセルやジョードたちの記憶の中にしか存在しない。
その失われたはずの“過去”が《新しい現在》と地続きになったかのような感覚に、シセルは思わず笑みをうかべ――

『それでは、“モドル”としようか。キミが撃たれた…その《4分前》に!』

彼女の運命を覆し。《死》で終わってしまった物語をもう一度つむぐための言葉を、口にした。

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2012.07.12