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ツヅキカラ〜第4章〜

豪華な内装、椅子に座った老人、パネルを操作する大男。
“あの夜”に知った電話番号をたどった先にあったのは、シセルの予想通りの部屋と人物だった。

(やはり…か。あまり、当たって欲しくはなかったが…)
記憶と変わらぬ顔と部屋を前に、複雑な表情をするシセル。
自分の予想が見事に当たってしまったことに、彼は戸惑っていた。
『メンドウなコトになるのは確実…だな』
シセルは青い肌の老人を見て苦々しくぼやいた。今、彼が猫の姿なら。黒い尻尾を不機嫌にばたつかせていたところだ。
彼の名はシス司令官。“あの夜”……彼の策略によりシセルたちは窮地に陥ったのだ。

『まあ…当たってしまったものはどうにかするしかない。…今夜も、な』
なんといってもこちらは“二回目”なのだ。その有利さを自分に言い聞かせて。シセルは二人に注意をはらった。

『そういえば…見たことのないモノがある。たぶん…なにかのソウチだ』
部屋にはひとつだけ。シセルが見覚えのない機械があった。
“あの夜”に大きな画面があったところに、違うものが設置されている。
壁にしつけられた黒い網のようなもの。大男がパネルをいじるたびに、妙な雑音がそこから出ている。

「…ええい、よく聞こえん。もっと音量を上げんか」
「ノイズがひどいのは感度のせいでしょう。音だけ大きくしてもイミがありません」

(…この、二人。いったい何をしている…?)
今の会話だけではいまいち状況が見えないシセルだったが、“何か音を聞いている”ということはわかった。
それが、何かとても重要なことである、ということも。
しばらく様子を見ていると、壁の網から人の声のようなものが聞こえてきた。

〈…………ちら……捜査……トランクの……〉
〈……目撃された……は黒い外国の…………印は赤いトラン……〉
〈もしもし……こちらは病……職員が目を覚ました……の証言……ンネ刑事の情報と一致……〉

最初は雑音混じりだったその“声”は、大男がパネルを操作するにつれ、はっきりとした会話が聞こえてくるようになった。

「…予想よりも警察の動きがかなり早いようです」
「むううう…“トリヒキ”相手を始末しそこねたか…。おまけにダレかに見られたようだしの…。あの二人、ヘマをしおってからに」

(…これは。警察の“声”を、聞いている…?)
シセルはこれと似たような仕掛けに覚えがあった。
遠くの人間の会話を盗み聞きできる機械……“あの夜”大惨事を引き起こしたそれを、今度はこの黒幕たちが使ってきているようだ。
『“もしもし”というコトは、デンワの声…だろうか』
(…こっそりハナシを聞いてるのは私だけではなかったようだな)

シセルがここに来たように。この老人たちも相手の様子をうかがっている。
『マズイな…これではジョード刑事に連絡もできない』
シセルの表情に焦りの色がうかぶ。情報交換の手段がおさえられてしまった。

「…このままでは。今夜じゅうにこのクニを出るのはムズカシイかもしれません」
「なんとかならんのか。メンドウなコトが増えてはかなわん」
(…それはこちらのセリフだ…!)

冷静な大男、愚痴りはじめる老人、それにツッコム幽霊。
潜水艦の司令室には微妙な空気が流れていた。

そんな空気の中。電話が鳴り響き、イスの上の老人が一瞬飛び上がった。
老人がビックリしたと愚痴を追加しつつ受話器を取ると、少しけだるげな女の声が聞こえてくる。

「……司令官かしら?」
「…ビューティーか。“例のモノ”は手に入れたのだろう? さっさと戻ってこんか」
「そう、ね。ただ……ちょっと、困ったコトになっているわ。どこもかしこもパトカーでいっぱいよ」

シス司令官が話すその相手は、やはりシセルの記憶にある人物だった。
(今夜はいったい、何をたくらんでいる…?)

「…“トリヒキ”相手のクチから、こちらの動きがもれたらしいからのォ。ついでにトランクも目撃されとるし。マッタク、何が“サイコーのシゴトができたサ”だ!」
「…それはこちらのミス、ね。ただ…“始末”はアタクシたちの専門外。それをお望みなら。はじめから《先回り》とでも、組ませておいてくれないかしら」
「あやつでは“トリヒキ”相手にあやしまれてしまうワ!」

(まあ、そうだろうな…)
《先回り》とは、《先回りのテンゴ》という二つ名で呼ばれていたテンゴのことだろう。

『しかし…“例のモノ”とはいったいなんだろうか。“トリヒキ”相手というのも気になる…』
今夜の“トリヒキ”相手……《運命》が変わった今、シセルが知る“彼”であるはずがない。
(わかっている。わかっているのだが…ココロに引っかかる…な)
だが、一雫の不安が心にこぼれ落ち、薄く溶けていくのをとめることはできなかった。

「むうう…とにかく。今は予定通りの“場所”に行くのはキケンだの」
「そう…。ひとまず…警察をやりすごしたほうがケンメイ、かしらね。どこか、人気のないトコロで」

シセルが考えている間にも、電話のやりとりは続き……。
ビューティの行く先が町はずれのゴミ捨て場に決まった。同時にシセルとリンネの、目的地も。

(…ナルホド。これも《運命》の交差、というヤツかもしれないな…)

司令室の電話が切られると同時に、シセルはアシタール公園へと向かう。

『《先回り》とまではいかなくとも、こちらも急がなくては』
幽霊は“タマシイ”を引き締める。今夜もまた。時間との勝負になりそうだった。

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2012.08.31