「そんな! どーすんのよ! 盗み聞きされてちゃ警察にデンワできないじゃない! 大体、“例のモノ”ってナニよ“例のモノ”って! 気になるでしょうが!」
司令室での出来事を聞いたリンネは、思わず肉声でいろいろな不満を口に出した。
『…私にドナられても困るが』
『うううう…あたしだけ行き先がわかっても。これじゃ…』
リンネは頭を抱えながら電話の前をうろうろしはじめる。
既にテンゴは連行され、彼女は動けるようになったのだが……“盗聴”という大きな問題が立ちふさがってしまった。
「デンワを聞かれてるってコト、ジョードさんに教えないと…! それからハンニンの行く先も」
『…だが。そのハナシがまた向こうに伝わってはイミがない』
『それよね…。…あ! さっきのデンワも聞かれてたんじゃ!』
『…リンネ。あれは警察のデンワではないだろう』
“先ほどの電話”がジョードの家からだったこともすっかり忘れるほど、リンネは動揺している。
(ジョード刑事に《コア》が残っていたら。私が話すコトもできたのだが、な…)
《更新前》は、有効利用されることなく、トラブルの種になっただけの盗聴器。それが《現在》では大きな脅威となってしまっていた。
(今の私には。デンワの向こうに行くことしかできない…!)
『…ねえ。シセル』
『なんだろうか?』
『今のシセルの“声”でおもいついたんだけど。デンワしても喋らなければモンダイないワケよね』
『まあ、そうだが…デンワというのはハナシをするためのモノだろう』
リンネの、ある種斬新な発言に戸惑うシセルだったが、彼女は自信に満ち満ちた顔で力強く宣言する。
『ほかにもひとつだけ。伝えられるモノがあるわ!』
そう言って、女刑事はシセルの“タマシイ”の乗ったペンライトを手に、ゴミ捨て場へ走りだした。
一方、どこか裏通りにある電話の前で。青い肌をした一組の男女が、警察の様子をうかがいながら話をしていた。
「なァ、ビューティー。警察をやりすごす場所にいくために…今。警察をやりすごしてるって…オカシイと思わないかい」
「ダマりなさいな。…この状況、もとはといえば。あなたのせいでもあるのよ」
不満をもらす背の低い男に、黒いスーツの女は言い返す。物言いこそ静かだが、有無を言わせない気迫があった。
「お…オーライ、ビューティー。アレはちょっと、デンワに気をとられてただけサ」
「…次は、リュックサックでも持ち歩いたらどうかしら。…子供用の」
「ひゃー、キツいぜビューティー! …ま。そこがイイん……いや…なんでもないサ」
小男が、軽口の途中でにらまれ、口をつぐむ。
どうやら。トランクを忘れた張本人らしい。“サイコーのシゴトができた”と電話で報告したのも彼だろう。
「とにかく。ここでこうしてても始まらないぜ。どうだい、ここはアンタとオレっち、二手にわかれる…っていうのは?」
「…二手に、わかれる?」
「キミだけなら、ラクにここを抜けて行けるだろう?」
自分が囮になり、警察をひきつけると男はいう。トランクを忘れ、目撃されたミスの挽回という意味もあるのだろう。
「…あなたにしては。名案、かもね」
「だ、だろう? ゴミ捨て場で落ち合おうぜ、ビューティー。…キミのブジを祈ってるサ」
“レディのクチビルにホホエミを”……キザな一言を残し、男は表通りへと走り出した。
ゴミ捨て場――D地区廃棄物処理所は、シセルにとって“トクベツな場所”だった。
彼が命を落とし、《死者のチカラ》を身につけ、“あの夜”の事件に関わることになったこの場所は《更新前》と変わっていない。
(この《現在》でここに来るのははじめてだな…)
もう、赤い電気スタンドがくねくね動くことはないだろう。様々な思いがシセルの胸をよぎる。
「ハンニン、まだ来てないみたいね」
『あ、ああ…そうだな』
そんな彼に、リンネが小声で話しかける。
端から見ればただの独り言だが、“タマシイ”がつながっていない時はこうするしかない。
『リンネ。これからどうするのだ?』
『決まってるわ。ハンニンが来る前に、警察にデンワするの。…デンワだけね』
事情を話すことなく、電話番号のある地点……このゴミ捨て場に来てもらう。それがリンネの策だった。
『警察なら番号だけですぐに場所がわかるハズよ』
『…ナルホド、名案だ』
番号がわかれば自由に電話線を移動できるシセルから、このヒントを得たのだろう。
『デンワはこの下のほうにあった…ハズだ。私のキオクどおりなら、な』
幽霊に案内され、女刑事が下の階への階段に近づいたとき。
シセルは近づいてくる足音に気がついた。
『リンネ、隠れるんだ…今すぐ。ダレか来た…!』
『う、うん』
リンネを隠れさせたシセルはゴミ山の《コア》をたどり、来客の顔を確かめに行く。
姿もなければ声もない、音を立てる足もない幽霊は恰好の偵察要因だ。
(…!)
こちらに向かってくる人物を視界に入れたシセルの顔に緊張が走る。
今夜。こんな時間に町はずれを訪れる人物は、一人しかいない。
彼の視線の先にいたのは、司令室に電話をかけていた、ビューティーと呼ばれる女だった。
(デンワより先に、来てしまった…か。そういえば。“例のモノ”は彼女が持っているのだろうか…?)
その“例のモノ”がなんであるかもわからないまま、シセルは彼女の持ち物を観察する。
女は小さな手持ちのカバンを持っていた。
(中は…見えない。さすがに…開けるのはマズイだろうな。さて、どうする…?)
シセルがカバンを《アヤツル》かどうか迷っていると……。黒い服の女が、いぶかしげに周囲を見回し、ぽつりとつぶやいた。
「ここ…“何か”いるわね…」
(…! …しまった! そういえば…!)
《更新前》も彼女は、シセルの存在に気づくことがあった。本人曰く“霊感が強い”らしい。
シセルはすっかりこのことを失念していた。
「…視線を感じるわ…」
(マズいな…)
“タマシイ”であるにもかかわらず。シセルは冷や汗を浮かべる。
ここで気づかれては振り出しに戻ってしまうのだ。
“何か”の気配を感じた女はきびすを返し、歩きだす。この場所から離れるつもりだろう。
(この“手がかり”…追いかけるべきか…! いや、しかし…)
シセルがためらっている間にも、彼女の足は止まらない。カツカツという足音が、静かなゴミ捨て場にやけに大きく響いた。
そのとき。
「待ちなさいよ!」
女刑事――リンネの声がゴミ捨て場に響き渡った。
「…誰?」
「警察よ、警察! さあ。観念なさい!」
立ち止まった黒服の女に、リンネは威勢よく声を張り上げる。
「…警察、ね。こんなトコロに一人で来るなんて…勇敢なお嬢さんだこと」
「そのつもりはなかったんだケド…一人でもやるしかないの。…気づかれた以上は、ね」
リンネとビューティー。お互い軽口を叩きあいながらも、二人は決して相手から目を離さない。
「…気づかれた…?」
「そうよ。このあたしの気配を感じるなんて。やるわね、あなた」
『…! 私のせいか…!』
先ほどシセルの存在に気づいたビューティの態度。それを自分が見つかったのだとリンネは勘違いしたのだ。
「それは。あなたじゃなかったんだけど…でも、ちょうどいいわ」
ビューティが腰のあたりにすばやく手を回す。
次の瞬間、耳をつんざくピストルの音と共に、リンネの視界が黒く染まった。
2012.08.31