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竜槍の陰り 〜1〜

『魔法剣士』
魔術を学んだ剣士。戦士と魔法使いの能力を併せ持つ。
白兵戦は戦士に及ばず、杖が装備できないため魔法の効果も魔法使いに劣る。
しかし、専用装備であるドラグニルを持つことで魔法と白兵戦を同時にこなせるようになる。



それは、落ち着いた雰囲気のカフェで話すには、あまりにも似つかわしくない話題だった。
席についているのは一見冒険者風の二人。
真っ赤なローブと羽飾りがトレードマークの司教など、見た目ではどのクラスか判別のつきにくい者が多い中、この二人だけは魔法剣士とはっきりわかる。

壁に立てかけられた二本の槍――ドラグニルを持つのは彼らだけだからだ。



「デメリットなんて……そんな、どういうこと?」
槍の片方、真紅のドラグニルを持つ魔法剣士が動揺した様子で、相手の言葉を待つ。
「……ドラグニルは竜の怨念をエネルギー源にして、人に【竜の力】を持たせるものだからだ」
冷静な声で返したのはもう一人の魔法剣士。
こちらが持つドラグニルは、静かな湖面に似た紺碧、持ち主の性格が投影されたかのような色。
その、魔法剣士の命ともいえる槍を使うことのリスクが二人の話の焦点だった。
「あれから引き出してた力が、怨念って……」
リコルは信じられない様子で聞いていたが、その説明が進むにつれ、先日弟と話したスケイルベインの話を思い出した。

ドラグニルもまた、竜の牙を材料に持つ。
スケイルベインと同じような『怨念』に支配されていても不思議ではかった。

「もっとも、ここまでならただのドラグソードやスケイルベインの仲間、で済むんだがな」
「ここからが、もう少し深刻な話だ」
これから続ける話の重みを確認するように、間を置くイスト。

「ドラグニルの材料が何だったか覚えてるか?」
「皆朱の槍・竜の牙・毒巨人の爪……」
リコルがひとつひとつ挙げていく。材料を集めるのに必死だった頃を思い出しながら。
「毒巨人の爪はこの中にあって、なお異質だ」
「ドラグニルによってもたらされる【竜の力】は強大だ。人の身で、最強クラスのモンスターである竜族と同じ力が使えるようになるのだからな」
リコルには、イストの言葉がぴんと来ない。
「そうかな、そんなに強いと思ったこと、ないけど」
全力を出しても賢者や魔導師にかなわない魔法攻撃。
武器としての鋭さに欠けるドラグニルでの白兵戦。

「フレイムの言うとおり、魔法も、白兵も、頼りないよ」
思うように戦力になれない歯がゆさが、魔法剣士の言葉を途切れ途切れにする。
「それはそうだ。強靭な竜の体ならともかく、俺たち人間の体で竜と同じ事をすれば、待つのは破滅だけだからな」
攻撃魔法と白兵戦を同時に行う【竜の力】。
ドラグニルはその力を人に与えると同時に、人間が使えるところまで抑えているのだとイストは言う。

「白兵戦をするときに、体の動きが鈍いと感じたことはないか?」
「それは…いつもそう思ってる」
確かに、他の武器を持った時よりもうまくダメージを与えられない。
他の武器のような鋭さや特性を犠牲にして【竜の力】を込めているためだと思っていたが。
「それが毒巨人の爪の影響だ」
「使ってる私たちのほうに!? 毒が?」
「【竜の力】を抑える代償。とでも言うべきか……毒もうまく使えば薬になる。まあ、気休めだけどな」
言いながら、問題の槍へと視線を向けるイスト。
「つまり、ドラグニルを使い続ける限り、着実にこの毒は俺たちを蝕んでいくわけだ」
「今は、なんともないけど……」
リコルもつられて同じ方向に顔を向ける。

見慣れている愛用の武器が落とす影が、いつもより色濃く見えた。



「《解毒》じゃ、ダメなのかな」
リコルが習得している毒を打ち消す魔法だ。
「ダメだよね、今は体におかしいところなんてないし」

『毒もうまく使えば薬になる』、先ほどイストが口にした、彼らしくもない気休めの言葉。
裏を返せば、毒として作用していないうちは呪文の効果も期待できないということでもある。

「テオが急に《解毒》を掛けてきたんじゃないか? それで何も変わらないのなら、ダメなんだろうな」
《解毒》どころか《快癒》をかけてきたっけ……今日のことを伝言で受け取った時のことだ。
このことを知って自分の部屋に来たのだろうかと、リコルは様子がおかしかった弟の行動に納得がいった。
テオもまた、今の自分と同じ不安を抱いたのだろう。



「毒が回ってきたら、どうなるんだろう…」
「さあな。それは判らん」
「が、案外と毒が回りきるよりも、【竜の力】に自我が食い尽くされる方が先かもしれないな…」
「……この先を考えると、手放したほうがいいかもしれない。でも、これがなかったら、私たちは満足に戦えない。イストもよく知ってるでしょ?」

ドラグニルを持ち、【竜の力】を使うことでようやく非力さをカバーできる魔法剣士。
もしもこの力を失ったなら。
押し寄せる不安と葛藤がリコルの声を震わせる。

「……ああこれ以上ないほど経験しているよ。だからこそ今日は君の覚悟を聞きに来たんだ」
「ドラグニルを手放し、別の職業でやっていくのか。それとも『頼りない』と言われながら、毒や竜の怨念と一緒にやっていくのか……」
既にどちらかの選択を心に決めたのだろう。
イストの口調は変わらず静かなものだった。

「毒巨人の爪を手に入れたとき、私たち全滅しかかったんだ……それこそ、毒でね」
「あの時は、忍者やろうって、思ったこともあったっけ」
あんなものの毒が槍を使うたび身体に染み込んでいたのだと思うと、リコルの気分はまたひとつ重苦しいものになった。
「なんか……今と似てる」
「似ている?」
「毒が怖いから、魔法剣士やめようかってところが同じなの。相手が毒巨人ってところまで」
「なるほどな。生きているか死んでいるかは別にして、確かに毒巨人が相手だな」
ドラグニルに必要な最後の材料を手に入れた時のことだった。
これでようやく魔法剣士としてまともに戦える――そう喜び勇んで鍛冶屋に製作を頼みに行ったあの時。

それが何に使われるかも知らず。



「イストは、どうするの?」
「俺の答を聞いたとして、それが君の心が出す答の参考になるのか?」
「……今は、どっちになるかわからないけど、決めてしまえば、多分迷わない」
回復役である自分が真っ先に落ちてしまわぬよう、生き残る可能性の高い忍者を目指した時、未練はなかったと思う。
忍者では治癒の術の効果が下がってしまうという問題点が出来たために、結局は今も魔法剣士でいるのだが。

「私より深刻なのはイストのほうだから。イストはどこかの領主だったはず。何だかわからない毒のあるものなんか、使っていい立場じゃないって」
「トリガに聞いたのか……」
意外な方向に話が向いたのだろう。
わずかな戸惑いの色がイストの声に混ざる。
「……確かに貴族は、領地とそこに暮らす人々を護る義務がある」
「だが、逆を言えば人々の暮らしを脅かすものに対して、それが領民だろうが王様だろうがぶん殴る力も必要になると言うことだ」
兵士の数が少ない彼の国では、魔法専門の兵を置くほどの余裕はない。
自らが先陣に立ち、同時に魔法もこなすには、魔法剣士でなくてはと、静かに語るイスト。

「俺が護りたいものを護るためには力が要る。そして、俺は欲張りだからな、多く護りたいんだ。それにはコイツが必要だ」



「なんか、なんか方法探す時間とか、考える時間とか、まだあるよね?」
「その間、もう少しこの力に頼っても大丈夫、だよね……」
頼りない口調。
同意を求めているのか、自分を安心させたいのか。
確信のないことを口にしていることはわかっている。
それでも。

「使い続けるのなら、全てを受け入れる覚悟をした方が良い。【竜の力】を物騒な事に使おうとしている奴らが、街に入り込んできている」
リコルの期待を否定も肯定もせず、イストは彼女に決意を促し、警告を発する。
「さっきの話以上に物騒なことなんかないよ。戦いを仕掛けられる相手なら、まだ気が楽だから」
毒だの怨念だの、見えないものに忍び寄られる恐怖よりはそちらのほうがよほどマシだ。
この店に入って初めて、自分らしい言葉を口に出来た気がする。

「そうか……、ならこれを渡しておく」
言いながら、イストは懐から小さな箱を取り出した。
綺麗に包装されている。
「……何? マジックアイテムか何かかな」
「いや、単なるプレゼントだ。覚悟の証としてでも使ってくれ」
「……ぷ」

瞬間、リコルは石化した。

「??? お、おい。どうしたんだ?」
イストが戸惑ったように声をかける。
……わりと珍しい光景だ。
「なんでも! なんでも! なんか、覚悟的なものは完璧に出来たような気がするから!!」

箱の中身は、青のリボン。
見れば、イストの持つドラグニルには赤のリボンが結ばれている。
「まあ、お互いの覚悟の証ってところだ」
互いの槍の色をイメージしているのだとイストは言う。
リコルが槍を手放す選択をしたら渡すつもりはなかったと。



――これからはドラグニルそのものの危うさだけではなく、【竜の力】の周囲に見え隠れする不穏な存在にも警戒しなくてはならない。
それでも魔法剣士として戦い続けるというならば、相応の心構えが必要になるだろう。
この槍に細く結わえられた『証』がわずかでも気持ちの支えになればいい。

持ち主の感情を反映したような赤い槍に絡まっていく水の色を眺めつつ、魔法剣士は今後のことに思考をめぐらせていた。


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2008.01.11