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冒険の始まり〜1〜

その日、閉ざされた空間に久方ぶりに外の空気と光が入った。

「すっげー……」
少年が、骨董屋の倉庫の中を物珍しそうに見回す。
そんな彼に、店の主であるイリスが声をかける。
「すごい量でしょ? ゼファーが来てくれて助かったわ。この倉庫、どこに何があるかわたしもよくわからないの」
言いながら棚の上の荷物を下ろしていくイリス。倉庫の整理を手伝いに来たゼファーも早速手近な箱を開け始めた。
「ん? なんだこれ」
ゼファーの開けた箱からは、よくわからないオブジェや古びた装飾品に混ざって小さな冊子のようなものが出てきた。
古文書の類にしては、新しい。
その表紙も中身も、子供の読む絵本のようだ。

「『テオ語録・我が好敵手を讃えん』? 変なの」
ゼファーがタイトルだけは大仰なその本を脇に置こうとした時、それを手に取るものがいた。
「ゼファー、それ……。こんなところにあったのね、小さい頃によく読んだのよ」
イリスが懐かしそうに表紙をめくりだす。
「イリス姉ちゃん、そんな怪しい本読んでたのかー」
「怪しい……そうね。中身も信じられないような話ばかり。だから、面白いんだけど」

普通の人間なら死ぬほどの攻撃を喰らっても立ち上がり戦う騎士。
一撃でドラゴンを屠る侍や戦士。
魔法も剣も通じにくい鬼火相手に特殊な弾を撃ち出して粉砕する忍者。
竜の力を身に宿し、魔法と武器による攻撃を同時に繰り出すものや、精霊を呼び出し奇跡を起こすものもいた。
マジックアイテムを駆使して魔王や悪の魔術師と戦う彼らの冒険は、魔法もモンスターも見たことのない彼女にとってはすべてが荒唐無稽だった。

「この本の著者もバンパイアロードだっていうの。モンスターがこんなもの書くわけないのに」
「ふーん、でもなんとかは小説よりもって言うしさ、案外本当だったりして」

「本当、だったらいいわね――」
嬉しげに本の内容を語っていたイリスの声が少し沈んだものになる。
「イリス姉ちゃん?」
「あ……なんでもないの。手伝ってもらっても何も出せないからせめて晩御飯でもと思って」
「なんだ、また具合でも悪くなったかと思った」
「……今日は大丈夫よ」
この、自分よりも2つも3つも年下の少年にまた心配をさせてしまわないよう、イリスの口数が増える。
「この前木苺のジャムを作ったし、せっかくだから簡単なパンケーキでも焼こうと思うの。食べていってね」
「本当!? ……いや、俺はもうそういうの喜ぶ年でもないけど……味見ぐらいはしてやるよ!」
一瞬歓声をあげ、しかしすぐに自分は子供じゃないという主張をするゼファー。
それでもゆるむ顔までは隠せない。
その『味見』が3段ほどの山に積み重なるのを知っているイリスの表情がほころんだ。



日が傾きはじめた頃。
撒きあがるほこりに耐えかねたイリスは台所で早めの夕食の支度をし、ゼファーはまだ倉庫の中で先ほどの怪しげな語録を熱心に読んでいた。
やがて食事の用意が出来たとゼファーが呼ばれる。
彼は慣れた手つきでポケットにその語録をすべりこませ、テーブルに急ぐのだった。


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2008.08.10