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冒険の始まり〜2〜

「どこいったのかしら……」
夜も更けた頃、暗い倉庫の中で何かを探すイリスの姿があった。
「今日、確かに見たんだけど」
埃にせき込みながら探しているものは、昼間にゼファーと見た『テオ語録』の別冊。

万能薬ともいえる薬がその本には登場していた。
あの話が、本当の事だったとしたら……
薬が、本当に存在していたら……
それは、懐かしい記憶と共に思い出した願い。
イリスがありったけの薬草を混ぜて飲みだしたのもその頃からだ。
「そういえば、最初は秘薬を作ろうとしてたのよね……」
はじめの目的を忘れても、試行錯誤しながら薬を作っては飲み続けてきた。
あの頃とは違って、今は薬の使い方も材料の知識もある。もう一度読んだら、もしかしたら。



本を探すイリスの視界のすみに何か光るものが入ってきた。
「これは……?」
手に取ったそれは、大粒のガーネットをたたえた装飾品のようだった。
やや埃をかぶっているが宝石の奥に秘められた紅い色は褪せることなく、ランタンの光を鈍く反射している。
ハンカチで拭くと、それは見違えるように輝きを取り戻した。
「腕輪、みたいね。……綺麗」
赤い宝石の中にランタンの炎が映りこみ、まるでそれ自体が真紅に燃えているような煌きを放っている。

イリスは倉庫に来た目的も忘れ、腕輪に手を通す。そしてしばらくの間、吸い込まれるようにガーネットの深い光を見つめていた。
「綺麗ね。ちょっと、留め金に傷があるけれど」
誰かが無理に外そうとした跡だろうか。
それでもかなり高価なものに違いなく、こんな倉庫の隅に転がっていていいものではない。
そんなことを思いながら腕輪の輝きと埃だらけの部屋を見比べていると……探し物が見つかった。

「……あったわ。でも」
ようやく見つけた『テオ語録』は積み上げられた箱の隙間に挟まっている。
箱は一人では持ち上げられそうになかった。
なんとか隙間から本だけを取り出そうとする。
「んっ……。あと少し」
何度か引っ張ると本が隙間から抜けた。
そのままイリスは後ろの棚にぶつかってしまう。
棚が揺れる。立てかけてあっただけの古い掛け時計が大きくぐらつき、彼女の方向に倒れてきた。

――よけなきゃ。
頭ではわかっていても体が動かない。
自分の背丈ほどもある時計が視界の中でゆっくりとこちらに倒れてくる。
今から下がろうとしても間に合わない。

そのはずだった。

身動きの取れない狭い倉庫の中、彼女は体をひねり上半身を後ろに倒すようにしてなんとか直撃を避けた。
それでも完全にはよけられない。
派手な音を立てて時計が床とイリスのひざから下を強打する。
ガラスや木の破片があたりに飛び散り彼女の足にも切り傷を作った。
身体の痛みに顔をしかめ、イリスは身を起こした。無言のまま下敷きになった足をゆっくり引き抜こうとする。
しかし次の瞬間、彼女は大きく首を振り戸惑いの表情を見せた。

「何、いまの……?」

顔に何か疑問の色を浮かべるが、すぐにもう一度時計の下からの脱出を試みるイリス。
どうにかそこから抜け出したものの、傷が激しく痛み立ち上がるのは無理だった。
倉庫の出口が今の彼女にはとても遠く見える。
「どうやって戻ろうかしら」
肩で大きく息をついた。

イリスに再び冷静な表情が現れたのは、ため息の直後のことだった。
彼女は赤い血をにじませる傷口をちらりと見やり、何かをつぶやきはじめた――


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2008.08.28