「はあ……」
店から出て、何度目のため息だろう。
色々と重なりすぎて、気が重い。
後の話は、もっと深刻なものだった。
ドラグニルに『毒巨人の爪』が使われるのは何故か。
『あんな猛毒を持っているヤツの爪を組み込んではいるが、ドラグニルで敵に毒を与えることは出来ない』
『俺はむしろその毒は、使用者に作用しているのだと考えた』
他人事のように話すイストにこっちが驚いた。
本当に表情が読めない。
毒は使用者が魔力を紡ぎ出す速度を高める反面、肉体の動きを抑える効果があるらしい。
身体に制限を与えることで、ようやく【竜の力】が人間にも扱えるものになるのだと。
しかし、もし制限なくそれを使ってしまったなら。
「あの侍のようになる、か……」
まだ降りしきる雪が、灰になった侍を思い出させる。
震えた声で絞り出された、ジンの言葉も。
『普通の人間に、【竜の力】を無理やり付与されたのです。肉体が、持ちません』
拾い上げた仮面が手の中で崩れ落ちたとき、どうしようもない不安がこみ上げて止まらなかった。
あの場にいなかったもう一人の魔法剣士。
テオの姉、リコル。
そして、紅いドラグニル。
「心配、しすぎだよな……」
ドラグニルはあの仮面とは違うんだ。
今夜イストも普段と変わらず戦ってたじゃないか。
「でも、毒なんだよな……」
あの武器についての推測が積み重なるごとに、不安も増していった。
何もないとわかっていても一度湧き上がってしまったものは簡単にぬぐえない。
「……顔さえ見れば、単なる杞憂で終わるはずだ、たぶん」
わざと声に出してみる。もやもやとした感情をかき消すために。
既に今は深夜というよりも夜明けに近い時間帯。
叩き起こしたらまた怒られるんだろうなとは思いつつ、様子を見に行くことにした。
席を立つときにそのことを口にしてしまったために、もうひとつ気の重くなることがおまけについたわけだが。
『じゃあ、リコルに伝えておいてくれ。明後日くらいに、将来について重要な話があるから、時間を取ってくれないか。って』
なんの誤解を発生させるつもりだ。
シーマと二人で呆れ果てたが、イストはわかってない……ように見えた。
よくジンが似たようなことを口にしてからかわれるが、イストも本当にわかってないのか、わかっててこうなのか。
「あー……いつもと変わらない顔で言うからわかんねーよ……」
聞いてるだけで気が重くなる一連の話を直接するよりは、気が楽なのだが……この伝言は思いっきり期待させてしまう。
姉さんがどういう種類の好意をイストに抱いてるかわからないけど、絶対がっかりするよな……
話が話だし。
気も足どりも果てしなく重いが、仕方ない。
今日はランタンの明かりが妙に頼りない。
リコルの部屋までは、もう少し。
2007.11.06