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赤い闇の夜に 〜3〜

扉の向こう側でごそごそと動く気配がした。
いつもなら不機嫌な言葉のひとつも聞こえてくるはずなのだが、やけに静かだ。
周りの部屋に気を使っているのかも知れない。
今自分も呼びかけずに小さなノックを繰り返して起こしたわけだし。

やがてゆっくりと扉が開き――騎士の体に強烈な脱力感が襲い掛かった。



「こんな時間に来るほうが悪いんだって!」
「響く、響くから。『こんな時間』に声がさ」
リコルをたしなめつつ、まだうまく力が入らない体で椅子に腰掛けるテオ。
……《弱体化》かけてから相手を確認するのはどうかと思う。
「だって一番穏便な方法じゃない」
さらりと言い切った。
穏便じゃないほうのやり方って一体……。
聞かないけど。
こういう時は深く追求しないほうがいいことを長年の経験から弟はわかっていた。
「ダメージ与えてないだけマシ、ってね。不審者だったらその後刺してたし」
刺してたんですか。
弱体化の後か……ドラグニルで、だろうな。
いつもどおりの彼女と雰囲気に安堵していたテオだったが、【竜の力】を持つその武器を目にして、灰になり崩れた仮面の感触が手の中に蘇ってきた。
今のでまたひとつ毒が作用したと思うと更に気持ちが暗く沈む。
……《解毒》の呪文、効くだろうか?
「悪かったってば、機嫌直してよ。今スープ温めてるからそれでも飲んで」
顔に出ていたらしい。
彼女には、何故弟の顔が曇ったのかわかるはずもないのだが。
今は。


「で、何の用? よっぽどのことなんでしょうね?」
寝巻きの上に毛布を羽織りながら、促すリコル。
その口調に『大したことじゃなかったらただじゃおかない』というニュアンスを多分に含ませながら。
明け方近くの冷え込み以上の寒波にさらされている気分で、テオはなんとかあの伝言を口に出そうとする。
……無理だ。
そのままはまずい。
絶対にまずい。
なんとか別の言い方はないものか。必死で模索するテオ。
どんな言い回しを使おうとも『イストが話があるから会いたいと言ってる』といった意味合いを持つ言語を吐いた時点で、結果的にはほとんど変わらないだろうが。
誤解されそうかどうか、その程度の違いしかない。

リコルは何か言いかけたまま黙ってしまった弟の様子をしばし見つめていたが、ふと何かに目をとめる。
「……ん? ねえ、それは?」
一瞬、何か気づかれたかとテオの心臓が跳ね上がる。しかし彼女の視線は椅子にかけたマントに向いていた。
「……あ……」
返り血だ。
あの、侍の。
鎧などについてたのは拭いたのだが、マントに染み込んだのはさすがにそのままだった。
ランタンのほのかな明かりでもまだその染みが新しいのがわかるだろう。
つまり、つい先刻、戦闘があったことが。
「あ、うん、それさ、ちょっと強敵に会って……」
「怪我は?」
「治した。やばかったけど」

騎士は覚悟を決めた。深く聞かれる前に話してしまえ。
ただ戦闘があったというだけなら、いつものことで済むのだから。


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2007.11.28