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ひと目会ったその日から 〜4〜

『聖なる鎧』
 三種の神器と呼ばれるほど強力なレアアイテム。
 ザトンのダンジョン地下10階以降のボス、バンパイアロードが落とす。
 高い防御力と魔術修正を持つ。騎士専用。



その伝説級の装備一式を机の上に置き、手入れをしている人物がいた。
「聖なる鎧」の持ち主なのだろうが、致命的なまでに覇気の欠けた雰囲気が鎧の豪華な装飾とまったく釣り合わない。
冒険者も普段から剣だの鎧だの重装備をしているわけではないが、それを差し引いても彼は「村人A」でしかなかった。
バンパイアロードを屠る実力を持った者の証をきっちり着こんだとして、はたして騎士に見えるかどうか。

その『騎士』は今、肩当の部分を丁寧に布で磨いては深刻な表情をしている。
先日の戦いを思い出しているのだ。
相手の魔法と特性に翻弄され、攻撃らしい攻撃ができなかった。
雑魚を追い払っていなかったら全滅していただろう。
「はぁ……」
手入れははかどらず、ため息だけが量産される。
しかしその鬱屈した空気を扉越しに打ち破るものがいた。

「テオーーー!」

聞き覚えのある、しかし久方ぶりに聞く声に鎧のパーツを取り落とし、椅子から転げ落ちるテオ。
「ね、ねーさ……」
なんでこんなところに。それよりもいつ来たんだ。
「今、開ける……」
疑問が湧き上がるものの、考えるより先に体が動く。長年の条件反射だ。



「何回呼んでも返事がないんだもん」
「ごめん、ちょっと考え事してた」
久しぶりの再会の感動も余韻も何もなく『いつもどおり』の会話が展開された。
テーブルの上の鎧がリコルの目に入る。
「……テオ、ほんっとーに冒険者、してるんだ」
「そんな意外そうに言わなくても。これでも結構……」
テオの言葉が止まる。いいところが全然なかった戦闘のことで悩んでいる最中だった。
成長したとも強くなったとも言いにくい。
「それにしても……いつここに? やっぱりダンジョンに潜ってるのか?」
弟はさりげなく話をそらした。



ひとしきり互いの近況を確認し、相手パーティのメンバーと自分の仲間との関係に驚く二人。
「あー『セニア』ね、『セニア』。ジンがね、何にでも結びつけちゃっててねえ」
「『フレイム』を毎回シューターに落とす兄ってやっぱり……ってーか、イストって貴族だったのかよ」
「ああ、そうだ、それでね!」
その『イスト』のことかもしれない話なんだけど、とリコル。
「しれない……ってなんだそれ」
鎧の手入れを再開していたテオの手が止まる。
「その人魔法剣士なんでしょ、ドラグニル持ってる」
手を止めたまま弟がうなずいたが、姉は話すのに忙しくて見ていないようだ。
テオが肯定しようがしまいが関係なく話は進んでいく。
「この前、珍しい槍を持ってる人を見かけてね。ドラグニルってあんな感じなのかなーって思ったんだ」
「話、いきなり飛んでないか……?」
「飛んでないよ?」
だから、その人がもしかしたらそっちのパーティの魔法剣士なのかも。そう前置きをして――

「テオ、いつも見てるからわかるよね? ドラグニルって少しくすんでて落ち着いた蒼い色? あと形は動物の角か牙っぽいなめらかな曲線だったりする?」
「私が見たのはあまり刃物とか武器とかって感じじゃなかったの。金属特有の光の反射がないせいだと思う。材質が特殊なのかも。テオの知ってるドラグニルもそんなかんじ?」

――ひと息にまくし立てた。

「……本気でわからん……色だけは合ってると思うんだが」
「えー、こんなに詳しく言ったのに」
常人が観察しない部分だけ詳しく言われても。
騎士はそう思ったが決して口には出さなかった。
「……もっと、本人の見た目で頼む……例えば髪の色なんか」

「…………」
「…………」

何故、そこで黙る。
弟が視線でひしひしと訴えてるのを感じたのか、姉は他の特徴をなんとか記憶から引き出す。
「そう、ねー。髪は黒かったような。あとは、あとは……どんなだったかな」
先ほどの勢いはどこへやら。頬杖の上で眉をよせ、リコルは真剣に悩みだした。
「イストは確かに黒い髪してるけど……それだけじゃなあ」
「しょうがないじゃない、後姿をちょっと見ただけなんだもん」
じゃあ今並べ立てた槍の特徴のこと細かさは何だ。
騎士はそう思ったが決して口には出さなかった。
「今度武器をよく見てみるよ……んで、姉さんが見た槍だったりしたらそれからどうする?」

「…………」
「…………」

「……全然なんにも考えてなかった」
とにかく確認することで頭がいっぱいだったようだ。
「違ってたら簡単。またどこかで見かけるのを待つから。見つけてからのことはやっぱり考えてないなー」
「で。当たり、だったら?」
「だったら、どうしよっかな。……あの時はつい勢いで弟子入りとかしそうになったけど」
テーブルの上で指をとんとんと上下させて思案している姉の顔は、冗談を言っているようには見えない。
「……その時だけじゃないだろ。今もだろ」
それを聞きにここまでやってきた行動力を考えると十分ありえる。弟は確信する。

「だってねえ、魔法剣士よ魔法剣士。それだけで嬉しすぎるんだって」
「まあ……確かに少ないからな。イストが魔法剣士になる時も相当驚かれたらしいぞ」
テオも一応同意してみせた。行動はともかく、気持ちはわからなくもない。
「……なんていう風に?」
上下する指の音が、少しイライラしたように早くなる。
「『あんな中途半端な職に』とかなんとか……」
言ったら機嫌を損ねそうだ、そう思ったものの正直に神殿でのことを伝える騎士。
珍しい選択をした仲間も神殿の反応も印象に残っていたため、よく覚えていた。
「そこでまで中途半端って言われるなんて……」
「イストは『工夫で強くなれるか試してみたいんだ』とか返してたな。あれで案外負けず嫌いだから」

テーブルを叩くリコルの指の音が止まった。
「……強くなれるか、って? ……魔法剣士で?」

憧れだけが先走っていた。
魔法剣士だって役に立てるのだというレベルの活躍で満足するつもりだった。
―――強くなろう、なんて考えたことなかった。
「それ……すごい……なんかもう、尊敬する」
魔法剣士志望の僧侶がさっきまで頬杖にしていた手を額に当ててうつむく。
道案内をしてくれた司教の言葉を勝手に自分に当てはめ、魔法剣士の役割を狭めていた自分が恥ずかしくなった。
仲間、どころか百万の味方を得られたような気がした。



「テオ、決めた」
そう言ってリコルは顔を上げる。
「私も魔法剣士になって、ちゃんと強くなる」
真っ直ぐに『騎士』を見据え、強い意志をこめた言葉をひとつづつ、口に出していく。
「あの人が誰だったとしても、胸を張って魔法剣士って言えるようになるまで、会ったり話したり、しない」
「……確認は?」
「それは……できれば、してくれたら嬉しいけど」
立派な決意の直後、つい素直な欲を口にしてしまった。
リコルが照れ隠しに笑い、緊張が一気にほどける。姉と弟は二人して同時に吹き出した。


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2007.07.30