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ひと目会ったその日から 〜5〜

リコルの持つランタンの光が街の明かりに溶け込んでいく。
窓から見送っていたテオはゆっくりとカーテンを閉めた。

先ほどまで二人でいた部屋を見回し、ここに一人でいることに少し違和感を感じるテオ。
この街に来てからは当たり前のことだったはずなのだが。
「久しぶりに話したのにな」
昨日まで普通に顔を合わせていたような気がしてしかたない。
「全然変わってねーよ……」
姉も、自分も。
彼女がこの扉をくぐる前から既に彼女のペースだった。
そして、それに追いつくのに精一杯で相変わらずリコルに振り回される自分がいた。

パーティの仲間といる時も似たようなものなのだが、姉という存在は自分が『変わっていないこと』を彼に思い起こさせた。



翌日、冒険者がたむろする酒場の片隅に、テオがぐったりした姿をさらしていた。
今日は目立つ『聖なる鎧』を身に着けていない。完全に背景に溶け込んでいる。
そんな騎士の様子を見かねたか、赤いローブの司教が声をかけた。
よくある光景だったが、いつにも増して活気がない様子が司教の目には『視えた』のだろう。
「ちょっと昨日……」
どうしたと聞いてくる仲間に、テオが顔も上げず返事らしきものをしぼりだした。
「そういえば、昨日女を1人ここに案内したな。お前の知り合いと言っていたが」
「ブレイズが教えたのか……」
更なる疲労感に襲われたテオはテーブルに突っ伏して動かなくなる。
「まだ若いのに情けない……よく効く銘柄の薬酒を紹介してやろうか?」
ブレイズはあきれ顔だ。宿に女が訪ねて来たということでなにやら別の方向に誤解をしたらしいが。
「しょうがないだろ。弟ってのは絶対に上に勝てないんだよ」
『情けない』という言葉が、今のテオにはクリティカルだ。心を見透かされたようで、つい反応してしまう。ブレイズが誤解していることにも気づかない。

「……なに? 姉、だと?」
この司教にしては珍しく声に驚きの色を含ませる。そして一言『似てない』という感想をもらした。
「…似てない言われるのはもう飽きてるよ」
外見の問題だけではなく、その言動が対極にあるために昔からよく言われていたことだった。
「俗人の言う似る似ないの問題ではないが……まぁ、いい」



「あーあ、レベルがいくら上がってもかなわないよなー」
ようやく顔をあげた騎士がため息とともに悩みを吐き出す。
「お前自身が自分を知ろうとせんからだ。自分が何か分かりもしない人間が、他者に勝ろうとするなど片腹痛いわ」
故郷でするような説教を思わず口に出すブレイズ。これが本人の性質なのだろう。
「何か、って、……何だよそれ?」
立ち上がり、宿の扉をくぐろうとする司教の背に、若い騎士の困惑した声がかけられた。
「分からんならいい。その代わり、頭を上げることも敵わん一生を送るがいいさ。まぁ、人には役割というものがあるしな」
わざと核心からそらす言い回しで、煙に巻く。
「わっかんねー……」
不満げなテオの声に、にやりと笑みを浮かべてブレイズが何かつぶやく。

「俺も、昔は悩んださ」
ひとり言に近いその言葉は、酒場の喧騒と扉の音にかき消された。


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2007.09.04