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ひと目会ったその日から 〜3〜

「あーもう、またこの道」
つい先ほども通り過ぎた路地に、リコルはがっくりと肩を落とす。
「この辺、全然歩いたことないもんなあ……」
どうやら完全に迷ったようだ。
この街にはだいぶ慣れたと思っていた彼女だったが、普段の行き先といえば商店街や冒険者の酒場、ダンジョンにつながる道ぐらいのもの。
今歩いているこの区画は、一度も足を運んだことのないところだった。

「本当にこの辺であってるのかな」
酒場で聞いてわかったのは『テオという冒険者がいる宿』の名前と方向のみ。
「名前出しただけでわかる人がいたのはラッキーだったけど」
ザトンを倒したものの、お守りを見つけられなかったと日報で大きく取り上げられたのだから様々な意味合いでの有名人なのだろうが……
それは本当に自分の弟なのだろうか。
「別人だったりしてね……」
道に迷う不安が増すたびに、その『テオ』についても心配になってくる。



同じ家の前を何度目か通り過ぎたところで、リコルは自力で探すことをあきらめた。
「ごめんなさい、ダンジョン日報のテオって人の宿がどのあたりか知りたいんだけど」
赤い服がなんとなく目についた、買い物帰りらしい女性に声をかけてみる。
「え? えーと……それだったら、うちの人がよく知ってると思います。今出ていますけど……もう少ししたら戻るはずだから、お茶でも飲んでいらしたら?」
「ありがとう!」
散々迷っていたのがバカらしく思えてくるほどあっさりと手がかりが見つかった。
この幸運に感謝するリコル。
もうだいぶ日が傾いてしまっていた。
これ以上自分で探すよりは少しぐらい待ったほうが早そうだ。

「へー、ケーキ屋さんね。私の宿に近いから、今度行ってみようかな」
「ええ、いいお店ですよ。それからこの辺りでは――」

私もこの街に来たばかりの頃はよく迷ったのだと、この街の道や建物の話を続ける女性。
リコルもなんやかやで一時間ほどつきあってしまった。

「今帰った……来客か?」
その声に振り返ると『銀髪に赤いローブ、頭や服には極彩色の鳥の羽』という一度見たら忘れないであろう出で立ちの男が立っていた。
「あなた、こちらリコルさんと仰って、あなたのお仲間のテオさん、でしたかしら? お探しだそうなの。送って行ってさしあげて?」
「……まぁ、かまわんが。ついて来い」
しばらくその目立ちまくる装いに目を点にしていたリコルだが、もともとの用事を思い出し慌てて立ち上がり、玄関をくぐる。

「すごく助かる……え、テオの仲間?」
「司教だ」
前を歩きながら彼の言葉は続く。
「ああ、振り返らなくても分かるぞ。これだから他者を外見で判断する輩は度し難い」
リコルの動揺はとっくに悟っていたらしい。
もっとも、彼女が動揺したのは別の理由もあるのだが。
「んー、その前に、テオの仲間ってのが意外……冒険者してるイメージないし」
この街でダンジョンに潜り戦っている以上は、仲間がいるのが当然だとは頭ではわかっていた。
しかし目の前にその『仲間』が現れてなお、テオが冒険者であるという実感がどうしても湧かない。
「そうだな。俺もまったく賛成だ。永遠の三番手というかなんというか……とかく、自分に自信が無い男だ」
テオについての的確なコメントについ姉はうなずいてしまう。
「他者と比べるなど無意味だという事に、いい加減気付けばいいのだが、な」
「その話でやっと確信できた。それ、テオで間違いないみたい」
「あれで騎士で、しかも一度は迷宮の最下層まで踏破したというのにな」

ザトンを倒した。
騎士になっている。
日報や噂だけ聞いてれば同名の別人かと思うだろう、『テオ』の姿。
実際に行動を共にする仲間の口から話される『テオ』はそれらと同じ内容だというのに、間違いなく姉の知っている弟だった。

「何をどういう人生を送れば、ああなるのか……」
騎士のあまりの情けなさを思い出してつい疑問を口にしてしまう羽飾りの男。
その背後に、テオの性格の一因となったものがいるとも知らずに。
「クックック! だがまあ、奴の気も分からないではない。破壊力で常に誰かに二歩譲る位置をキープし続けて居るのではな!」
「まあね、テオのレベルがいくら上がったとしても、パーティの最大戦力になってたりしたら、なんかの間違いだとしか思えない」
とても共通の見解を見出す二人。
「最大戦力である必要など、どこにもないのだがな。人には、役割というものがある。それに気づけと言っても、まあ無理か……」
思わず『司教』を仰ぐリコル。その言葉は中途半端と言われる魔法剣士へと向けられたような、気がした。
「そうよね、最大戦力じゃなくてもいいよね、たとえ中途半端でも……」
そのつぶやきが司教の耳に入ったかどうか。目的地を指差し紹介するのに忙しそうだ。
「……ああ、見えた。あれが我がパーティーの麗しき定宿だ」
そこはごく普通の、冒険者の酒場兼宿屋。
まばらに灯された二階の部屋のどれかがテオの部屋なのだろう。
「ではな」
窓越しに見知った顔を探していると、テオの仲間はもう来た道を戻り始めている。
「ありがとう! この街広いから……案内してもらってすごく助かった!」
リコルが後姿に向かって礼を言う。
「……なに。あれの話相手になってもらった礼だ。御神の縁があれば、また会おう」
振り向かずそれに返す司教。


再びこの縁がつながるのは、それほど遠くない未来のこと。



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2007.06.03