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おまつりの日【1】

よく晴れた日の朝、冒険者寮の庭にて――。

「メシストー。おせんたくー。気持ちいいら?」
「おい……壊れるぞその宝石」

男子冒険者寮のお騒がせ面子がタライを並べて洗濯をしていた。
貴金属を力まかせに洗うシオン。シオンに突っ込みは入れるが手伝う気はないカイマ。
そして、マイペースに自分のものを洗うゼファー。

「血ってとれねぇなー。うわ、破けちまった」
「ゼファーそれ、相当長く着てるだろ。そろそろ限界だと思うわ、俺」。
「だな。だいぶくたびれてるし……これだけは別だけど」
そう言ってゼファーは洗濯物の中から、いつも見につけているバンダナをつまんだ。

「マゼンダのときもそれだけは探してたな、お前?」
「ゼファーおにーらの、だいじなものらー?」
「大事も大事。まあ聞いとけ。俺がここに来る前にな……」
ゼファーはそのバンダナを丁寧に洗いながら、そのときのことを話し始めた――。




イリスの店に今日も訪れたゼファーを出迎えたのは本日臨時休業≠フ看板と――甘い匂いだった。
「イリス姉ちゃん、また具合……っとぉ……!?」
休業の文字に、イリスの体調を気にして駆け込んだゼファーの目の前にあったのは、色とりどり、様々な形のクッキー。

「あ、ゼファー。いつの間に? バザーの準備してたから気づかなかったわ」
「バザー?」
「ああ……簡単に言うと、お祭り。普段は見れない色んなお店があってね……一般の人も、場所を借りて出せるの」
今年はイリスも出店するらしい。その商品として軽くて日持ちのするクッキーを出すという。

「それで、この中からどれかおいしいのを何種類ぐらい出したいんだけど……」
作っているうちにどれもおいしそうに見えてきて選べなくなったと、イリスは困った顔をしながら笑った。
「丁度いいから、ゼファー、選んでみてくれる?」
「しょうがねえなあ、イリス姉ちゃんは」
口ではそう言いながらもゼファーの口元は嬉しそうに緩み、その手は皿に伸びるのだった。

口にした瞬間ふんわりと紅茶の香りがするものや、食欲をそそるバターの風味がするもの。
様々に工夫を凝らしたクッキーを次々とつまんでいる途中、ゼファーが渋い顔になった。
「……これ、苦いし変な味しねえ?」
彼が持っているのは、芳醇な香りのラムレーズンが入ったもの。
「ああ……。ゼファーにはお酒はちょっと早かったみたいね」
そう言って、イリスは口直しにと別の皿を差し出した。かじると口の中に赤いジャムがとろりとあふれる、野いちごのクッキー。

「ん! これうまいなー!」
先の酒の味も忘れられるほどのみずみずしい甘さ。口に入れた瞬間、ゼファーは声をあげた。
「ほんとに?」
「うん、すっげーうまい。まずこれで一個目は決まりだな!」
「あ、でも、これは……」
バザーに出すにはジャムが足りないのだとイリスは言う。
「作れたとしても、二人分ぐらいかしら。ちょっと、寂しいわね」

「んー……そうか……うまいのにな……これ、何のジャム?」
「野いちごなんだけど、薬草のついでに取っただけだからあんまり量がなくって」
「ふーん。なら、また取ってくればいいってことだよな」
簡単じゃねえか。そう言ってゼファーはジャムのクッキーを口に3,4枚ほおばり、椅子から降りた。
今からとってくるつもりらしい。
「でも、ゼファー。お店に出せるぐらいって、大変な量よ?」
心配するイリスに大丈夫、と手だけ振って返事をし、ゼファーは店から飛び出した。


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2008.12.31