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おまつりの日【5】

からん、と乾いた音を立てて、一本の矢が壁に当たり、落ちた。

「また四等かよ……なんで当たらねえんだ」

最初のゼファーの挑戦は惨敗。
的の外側に一回だけ命中し、景品にいくつかのビー玉をもらっただけだった。

「むやみに撃っても当たらないと思うわ」
「俺、ちゃんと狙ってるって。なんで外れるんだ?」

首をひねるゼファーに、イリスが隣で同じく射的をしてる人物を指差した。
「あの人もさっきからビー玉ばかりもらってるのよ。難しいのね、やっぱり」
「んー?」
見れば、くたびれた皮の上着を着た男がゼファーと同じように的を狙っていた。
次の瞬間、風を切る音と共に矢が飛び、刺さる。的の一番外側――四等の位置に。

「ほら、またビー玉」
「……違う。あのオッサン、すごい腕前だ」
ゼファーは気づく。
男の放った矢が均等に刺さり、まるで時計の文字盤のように円になっていることを。
「あれはわざと狙ってんだよ。次は一番右にいくぜ、多分」

次の矢はゼファーの予想通り、見事に3時の位置に当たった。

「やっぱりだ……なあ、オッサン、すげーな!」
「うん?」
ゼファーは思わず男に話しかけていた。
「どうやったら思い通りのとこに当たるんだ? 教えてくれよ、オッサン!」
「まだ俺は24だ。オッサン≠ヘねえだろ、坊主」
「坊主じゃねえ、俺はゼファーだ!」
「なら俺だってウィンって名前があるんだよ、坊主」

一回りも年が離れている二人の、同じレベルの会話。
離れて聞いていたイリスもつい笑ってしまう。
「あの、突然ごめんなさい。この子が一等を取るって頑張ってるところだったから」
「なんかコツとかあんだろ、教えてくれよ、な!」
「一等ねえ……」
無精ひげの生えたあごをなでながら、二人の話を聞くウィン。
「コツって言われても……口で説明できるモンじゃなし」
少し、いや、だいぶ困っているようだ。
「じゃあもっぺんよく見せてくれよ。俺、真似してやってみっから」
「まあ……口で言うよりゃ、楽だわな」

ゼファーにせがまれ、やれやれといった様子で彼は弓を構えた。
彼の動作の一挙一動を、ゼファーは食い入るように見つめる。
少年の視線を受けてかウィンの雰囲気ががらりと変わった。
その呼吸が静かになり、だるそうだった表情が真剣みをおびる。目の光も別人のように鋭い。

――ひゅっ……!

矢は時計の4時を示す位置に命中した。
「やっぱりすげー!」
「本当に。思ったところに当たるのね」
「ふう……これでいいか? 坊主」
二人に向き直ったウィンは、元のくたびれた上着を着た、だるそうな男に戻っていた。
「坊主じゃねーっての、よーし、あんな風にやりゃいいんだな!」
「うーん、見ただけで真似できたらいいんだけど」
苦笑するイリスに、まあ見てろとゼファーも的の前に立つ。

その結果は、三等が二回と二等が一回。

「惜しいけどすげえ上手くいった! 次は当ててやる!」
「本当に見ただけでこんなに……」
「ほう……」
見違える結果にイリスが喜び、ウィンもまた感心したような声をもらした。

「景品のおまけに綿菓子をもらったわ。……なんだか、売れ残り処分みたいだけど」
もうだいぶ日が傾いているせいだろう。
「うまそうだけど一等じゃねーんだよなー。もう一度やる!」

これで最後。そして、ゼファーが三回放った矢は、一等をしとめる事に成功した。

「やったー! ほらイリス姉ちゃん、オルゴール!」
当たったことに興奮するゼファー。
「ありがとう、ゼファー。まさか取れるなんて……」
「な、本気出せばできるって言っただろ!」
まだ大道芸のことを覚えていたらしい。
「やるねえ、坊主」
「だからゼファーだって!」

「ほら、イリス姉ちゃん。早く聞いてみてくれよ!」
早く早くとゼファーがせかし、イリスがオルゴールのねじを巻く。
ふたを開けてみるが、音色は祭りの喧騒にかき消されて聞こえない。
「残念だけど、もうちょっと静かなところじゃないと聞こえないわね……」
じゃあ帰ったときに、とゼファーが言いかけたその時。

「スリよーー!! スリ! そいつ捕まえて! 誰か!」

祭りの喧騒を突き抜けて聞こえてくる声があった。


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2009.07.24