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おまつりの日【2】

バザー当日。
用意された敷地へと向かうのも忘れ、朝早くから立ち並ぶ屋台に二人は目を奪われていた。

「イリス姉ちゃん、あれ何? 白くて、雲みてえ」
「ああ、綿菓子ね。甘くてふわふわしてるの。こんなお祭りでもないと見れないわ」
「へえー。こっちからはなんかいい匂いがしてくんな」
「あれは、なんだったかしら……パスタに似てる食べ物だわ」
あれはなんだとゼファーが聞き、イリスが説明をする。目的地に着くまでその会話が途切れることはなかった。

イリスの出店場所は通りに面した小さな場所。隣や向かいの店はもう準備も終わり、品物を売り出している。
「どれもみんなうまそうだったなー。……俺たちのも負けないぐらいうまそうだけどな!」
ゼファーが、イリスのほうを振り返りニヤっと笑う。
今日は自分が選んだ<Nッキーを売るのにつきあうといって、イリスを手伝いにきたのだ。
「そうね、早くお客さんに来てもらいたいわ。わたしたちも急いで準備しないとね」
この日のために可愛らしい刺繍をほどこしたテーブルクロスを広げ、イリスも準備をはじめた。ゼファーもそれを手伝う。

その途中。ゼファーがぎくり、という顔をした。
なるべくなら出会いたくない、見知った顔を見かけてしまったのだ。
「うわ……これ、ちょっとまずいかも」
店の斜め向かい、3つほど離れたところに、以前ゼファーが色々と悪さをした果物屋の主人が同じように店を出している。
最近は盗みをはたらくことも、追いかけられることもなくなっていたが、顔を合わせるのは盛大に気まずい。
「イリス姉ちゃん……あのさ」
バツの悪そうな顔で、ゼファーはテーブルの陰に隠れながらイリスの背中に話しかけた。



「やあ。君がいるのは珍しいな」
「あ、こんにちは。今年はわたしも参加してみようと思って」
店を広げてしばらく、客に混じって衛兵がイリスに話しかけてきた。
「そうか、楽しんでくれよ。それから……最近このあたりはスリが出るからな、今日は通行人の財布だけじゃなく、バザーの売り上げも狙ってくるだろう、気をつけてくれ」
素人が多いバザーの方が危ないと、彼はこの周辺の見回りをかねて各店に呼びかけているらしい。

「君は元から店を出しているから心得ているとは思うが……」
「ええ、人ごみでは気をつけるわ。それに、今日は一人じゃないし」
言いながら、イリスは隣にいる黒いターバンを巻いた子供の肩を叩いた。
「お、おう……」
子供は、少し落ち着かない様子で返事をする。
「君の連れか?」
「ええ、今日のために手伝いをしてくれるって」
「そうか……まあ、気をつけてくれよ」
少し頼りないと思ったのか、衛兵はイリスの顔と子供を交互に見ていたが、次の店に向かった。

「……すっげー緊張した、あそこで声かけるんだもんなー、イリス姉ちゃん」
「だって、あそこで黙ってたらかえって怪しいわよ」
ターバンをかぶった子供はゼファーだった。
テーブルの目隠しに持ってきた黒い布で、目立つオレンジ色の髪を隠していたのだ。

「イリス姉ちゃん、こういうの正直に言えって言うと思ったのに珍しいよな」
イリスがターバン状に巻いてくれた布切れをいじりながら、ゼファーが言う。
「こんなお祭りの日だもの。変に目をつけられてもつまらないわ。あの人にもよく怒られてたんでしょ、ゼファー」
普段、生真面目で隠し事が好きではない彼女だったが、今日は少し違った。年に一度の楽しい日だからかもしれない。



持ち込んだクッキーが半分ほど売れた頃、ゼファーは見たこともない珍しい物を目にした。
空中に浮かんだ、リボンのついた造花。人ごみにそってふわふわと流れている。
「すっげー! なんか浮いてる!」
目はその物体からそらさずにゼファーはイリスの袖口を引っ張る。
「あれ、ふうせん屋さんよ!」
イリスが興奮気味に答え、ゼファーと同じように見送る。
「お祭りで、時々見れるの。空飛ぶ魔法をね、色んなものにかけて持たせてくれるのよ。糸で引っ張って歩くとずっとついてきて、可愛くて楽しくて……」

ふうせん屋。
店によって浮かべるものがピンからキリまで、高いものはドラゴンや妖精のぬいぐるみ、安いものはリボンや花、簡単な旗などに《飛行》をかけて売り出す店だ。

「面白れぇな。あんなに遠くに行ってもまだ見えてら。あれも今日だけ?」
「そう。毎年来るわけじゃないからラッキーだわ」

クッキーを買いに来た客に呼びかけられるまで、二人はふうせん≠見送り続けていた。


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2009.03.31