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おまつりの日【6】

スリだ、という声に振り向くと、人の波をぬい、突き飛ばしながら男が走ってきた。

「ああもう、どいて!」
追いかけてるのは、見覚えのある赤いチェックの少女。
「リズ!?」
「あ、ウィン!」
ゼファーとウィンが同時に彼女の名を呼び、リズが二人のほうに方向を変えて来た。
「今日の分全部持ってかれたわ! 早く薬!」
リズはウィンの連れだったようだ。有無を言わさず、ウィンの荷物から何かを探し始める。
「どこしまったのよ、もう!」
「俺に荷物全部押し付けてるからだ、つーか魔力残しとけって言ったろ!」

二人が騒いでいる間にも男は逃げていく。
後ろから何人かの衛兵が追っていくが、人ごみにさえぎられ離されていくばかり。

「ゼファー……?」

イリスがゼファーの姿がないことに気づいたのは、男の姿が見えなくなってからのことだった。



大通りからは見えにくい、誰もいない細い裏道を先ほどのスリが息を切らせて走っていた。
この先は町外れ。そこまで行けば逃げきれるはずだ。
少し余裕が出てきたらしい、男は走りをゆるめ、歩きだした。
息を整えながら、そろそろ潮時かとこの街ではやりにくくなってきたとこぼす。

「明日あたり、この街から出るか――」
「そうはいかねえな、オッサン」

男の言葉をさえぎり、目の前に現れたのはオレンジの髪の子供。

「見つからねえように逃げるんなら、塀の上ぐらい走らねーとな!」
ここを通ると思っていた、わかりやすすぎる。そう言って男を挑発するゼファー。
「なんだと……」
逃げ道をふさぎ、バカにした態度をとる相手に、男は声に怒りをはらませる。

「オッサンもう逃げられねえぞ。早くリズから取ったもん返せ!」
男の顔色を気にする様子もなく、ゼファーは勝手に話を続ける。
「ちっ。ガキが……」
強引に通り抜けようと男が前に進み出たその時、ゼファーは男の顔面に向かってビー玉を投げつけた。

男は反射的に顔をかばう。次の瞬間、その腹に重い衝撃が走った。
「ぐえっ!」
カエルがつぶれたような声をあげる男。
一瞬の隙をついて、ゼファーが腹に頭突きを食らわせたのだ。

「取ったもん返せば見逃してやってもいいぜ!」
むせる男を見上げ、ゼファーが勝ち誇る。

「くそっ」
今の一撃で逆上した男はダガーを取り出し、ゼファーに向けた。
「……やべっ」
人一人通れるかという細い裏道ではあれを避けるのは難しい。
この道を知り尽くしているゼファーの足なら逃げるのはたやすいが、それでは取り返しに来た意味がない。
「もうビー玉もねえし……」
考えている間にもダガーの刃先が頭のあたりをかすめる。
「……っと、あぶねえ!」
間一髪で避けるゼファー。

「ん?」
その肩に、なにかがひらりとあたった。
「これ……」
頭に巻きっぱなしだった布切れだ。
「もう、これしかねえもんな」
器用に男の攻撃をかわしつつ、ゼファーは頭の布切れをほどく。
「このガキ、ちょこまかと!」
完全に頭に血が上った男は手当たりしだいダガーを振り回す。
同じく長い布を振り回してその攻撃をけん制するゼファー。だが、相手の一撃が布を引き裂いた。

「あっ、これイリス姉ちゃんのもんなのに!」
「知るか!」

二人の怒鳴り声が路地裏に響きわたる。
その直後だった。何か鈍い音とともに男が前のめりに倒れ、動かなくなったのは。

「な……なんだ? どうなったんだこいつ?」
「……まったく、無茶するにもほどがあんだろ、坊主」
突然のことに驚くゼファーの頭上から、聞き覚えのある声がした。


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2009.09.30