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おまつりの日【8】

リズが口の中でなにかをつぶやくと、次の瞬間イリスとゼファーの両手から沢山の小物が宙に浮かび上がった。
「うわ……」
「すげえ!」

お礼と言われて二人が頼んだのはふうせん≠作ってもらうこと。
人や物にぶつかった時に危ないものでなければ何を浮かせてもいいらしく、リズが持っていた売れ残りや、クッキーの最後の3つ、その他二人の持ち物をありったけ浮かべることにしたのだった。

「すっげー! 眠らせたり浮かべたり、リズってすげーんだな!」
「ま、まあね」
ストレートなゼファーの言葉に、リズが少し照れたような表情で返事をする。
「こんなにたくさん……本当にありがとう」
「……ま、まあね! あ、そうだ、もう一個」
おまけするって言ったでしょと、リズはそこで背景になっていたウィンを連れてくる。
「ああ……あれか。ま、見とけ」
実にやる気のない声で二人に声をかけると、彼もまた呪文のようなものを口にした。

「光っ……た?」
「ほんとだ光ってる! オッサンも本当はすごかったんだな!」
二人の持つふうせん≠ェほのかに光る。《明かり》の呪文だ。
ちょうど、今は夕方。薄暗くなってきた空に光りながら浮かぶそれは、少し早く月や星が顔を見せたようだった。
「魔法だよ魔法、すっげー……!」
ゼファーがその不思議な光景を見上げる。口はさきほどから開きっぱなしだ。
「それいいなあ……!」
「兄ちゃんすげーなあ」
ふと、そんな彼の後ろから、幼い子供の声がした。
「へへっ、すげーだろ、魔法だぜ、魔法。お前らも持っていけよ!」
自分のことのように得意げに、ゼファーは子供に浮遊する光を手渡した。



「すっかり遅くなってしまったわ。明かり……はいらないのよね」
店に戻ったイリスは、手の先のふわふわと揺れる光に微笑んだ。
「便利だよな! 面白れぇし! チビたちもすっげえ喜んでたし」
イリスより遅れて玄関をくぐり、イリスよりも先に廊下を走るゼファーもまた、光から目を離さない。
「なあ、次の祭りではふうせん屋やろうぜ、ふうせん屋!」
「無理よ、魔法使いじゃないと呪文だって使えないでしょ?」
「じゃあ俺、魔法使いになる!」
部屋でお菓子をあけながら、ゼファーはもう来年のことを話しだす。

「そうそう……言い忘れてたんだけど、これって、次の日になるともう浮かばないのよ」
「ええーー!? なんだよそれ! 光るのもか?」
「明かりは知らないけど……やっぱり、朝には消えるんじゃないかしら」
初めてふうせん≠手に入れたゼファーは知らないが、魔法の効果は時間がたつと消えてしまうのだ。
「一日だけかよー……」
指先で糸を引っ張りつつ、ゼファーはがっくりと肩を落とした。
「それを考えると、高いわよね」
落ち込む少年の様子に苦笑しつつ、イリスはオルゴールのふたをあける。
柔らかい、澄んだメロディが部屋に開け放たれた。

「綺麗ね……」
「俺が取ったやつだからな!」
聞きほれるイリスに、綿菓子の袋を開けるゼファーがすかさずこたえた。いつの間にか立ち直っていたらしい。
「……あ? 消えた?」
「何が?」
「いや、これをつかんだら、なくなった」
手で強く握ったのだろう。綿菓子がゼファーの手の中で小さな砂糖のかたまりになっていた。
「つまむと、綿じゃなくなっちゃうのよね。そのまま口に入れたほうが楽しいわ」
「んー……ふぉんとだ。……ほんとだ。ふわふわしててどんどん溶ける!」
しばし、綿菓子の甘さと感触に感動するゼファー。
「そうね、おいしいうちに早めに食べたほうがいいわ」
綿菓子もまた、時間がたつとしぼんでしまうからとイリスは二つ目の袋をあける。
「これもかー……」
それを聞いて、二つ目の綿菓子を口に入れるゼファーの髪がしょんぼりと落ち込んだ。

明日には沈むふうせん。
しぼむ綿菓子。
終わる祭りの日。
たった一日だけの、お祭りの日。

透明なオルゴールの調べが、ゼファーの耳には何かとても切なかった。

「毎日祭りだったらいいのにな……」
「そうね……毎日だったらきっと楽しい。でも、毎日だったら、特別じゃなくなってしまうわ」
「なんかダメなのか? いつもあったほうがいいんじゃねえ?」
初めて祭りを体験した少年の疑問に、イリスは何も答えず笑う。

「……なんか俺も、イリス姉ちゃんのオルゴールみてーなのが欲しい」
「ゼファーが取ったものだから、ゼファーが持っていってもいいんじゃないかしら?」
「そうじゃなくて、なんかもっと、俺の、なんかだよ」
イリスが詳しく聞いてみると、形のある今日の記念のようなものが欲しいらしい。

「今日もらったり買ったりしたもので何かいいものがあったかしら……?」
「ビー玉、拾ってくればよかったかもしんねえ……あ、あった!」
そう言ってゼファーが取り出したのは、今日頭に巻きつけ、ダガーに切り裂かれた黒い布切れ。
「確かに今日ずっとゼファーがもってたものだけど、そんなものでいいの?」
「これだからいいんだよ! 命の恩人だしな!」
「でも……」
どう見ても役に立ちそうにない地味な布に、困惑するイリス。
「使い道もあるって。昼間みてえに頭に巻けば!」
「ゼファー。自分で巻ける?」
「あ」
「そうね……頭に巻くならもっと小さいほうがいいわ」
図星をつかれた顔で固まるゼファーを横目に、イリスは寸法を測りはじめた――



シオンが洗う帽子が切ない形状になっていた頃、ゼファーの話が終わる。
「……まあ、そういうわけでこれは俺の命の恩人みてーなもんだ」
語り終えたゼファーの目の前には、半目のカイマがいた。彼が何かを訴えたい時特有のまなざしである。
「よーっくわかった。お前が前からバカだったってことは」
「なんだよ、無事だったからいいじゃねえか!」
イリスには素直に謝るゼファーも、同性の同年代……ライバルに位置するようなカイマにはどうにも食ってかかってしまうようだ。
「それから、その洗濯物の干し方の由来もよっくわかった!」
カイマの指差した先には《飛行》がかけられた洗濯物が、青空の下ふわふわと浮いている。
「便利じゃねえか、落ちて汚れねえし、物干しもいらねえし」
「ゼファーおにーら、しおんのも干してー」
「おう、チビ子も持ってこいよー」
「パンツはダメ! パンツは! 頼むからそこは自重してくれなさい!」

同じく、洗濯日和な女子寮でもイリスとアリスが溜まっていた洗濯物を洗っていた。
「……相変わらず賑やかだこと」
「何、話してるのかしらね、3人とも」
男子寮からなにやら悲鳴のようなものが聞こえてくるが、よく知ってる人物の声なので二人は特に気にせず洗濯を続ける。
いつの間にかイリスは小さな旋律を口にしていた。
「いい曲ね、なんていうの?」
「それが、わたしも曲名は知らないの。オルゴールも持ってきてないし」
「この城砦に曲だけ持ってきたって感じかしらね……」



よく晴れた日の冒険者寮の庭にて――。
男子寮には黒いバンダナが高々と干され、女子寮からは繊細なメロディが聞こえてくるのだった。


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2009.12.31