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おまつりの日【3】

「これ! 絶対うまいって、取っておきのジャムが入ってんだ! だからうまいって!」
ゼファーの声に、行きかう人が立ち止まる。
素人丸出しの彼の呼びかけだったが、それだけに直接的でちょっと見てみようかな≠ニいう気にさせていた。

「ふーん、何個かもらおうかな」
かけ声につられてやってきたのは、ゼファーより少し年上の少女だった。赤いチェックのスカートと帽子を身につけている。
「どれにすんの? あ、おすすめはこれ、これな!」
選択肢がないも同然のやりとりに笑いながら、彼女は勧められたジャムのクッキーと、紅茶のクッキーを2つずつ選んだ。
「留守番にも買ってってやんなきゃだし……」
「祭りなのに留守番? 具合でも悪いのか?」
「ううん、違う違う。あたしも店出しててさ、店番と荷物持ちをちょっとだけ任せてんの」
「じゃあ、俺も留守番って奴だな。そっちとはちょっと違うけど」
イリスは今日までの疲れが出たのか、途中で抜けて休んでいる。
その間ゼファーが店の番をまかされたのだ。

「そろそろ他も見に行くわ。後でうちの店にも来てよ。二つ先の角の店、そこでリズってあたしの名前出せばおまけしてくれるはずだから!」
「おう、リズと二つ先の角な! わかった!」
教えてもらった名前と店の場所を確かめ、ゼファーはリズを見送った。



リズが立ち去ってしばらく。
菓子を売るゼファーのもとにイリスが戻ってきた。

「お、イリス姉ちゃん大丈夫か? こっちはあと3個で売り切れるとこだ!」
ゼファーはテーブルの上のわずかに残った商品を指差し、バザーは大成功だと得意げに話す。
「すごいわ、大変だったんじゃない?」
「全然! 残りもすぐ売ってやるよ。イリス姉ちゃんは休んでていいからさ」
「それだけ売れたら十分だわ。……ねえ、ゼファー。もう遊びにいってもいいと思わない?」

ゼファーに店を任せて今まで休んでいたことをイリスは気にしていた。
本当は遊びたいのだろうと。
彼女は品物を売り切ることよりも、初めての祭りをゼファーに楽しんでもらうことを選んだ。

「また疲れてしまうまえにゼファーとお祭りを見て歩きたいの。バザーは今日しかないから」
「そっか……うーん……わかった」
ゼファーにしても、一人で屋台をのぞいて歩いてもつまらない。
全部売ってしまいたい気持ちもあったが、店の片付けを手伝うことにした。

片づけを終えると、イリスは売り上げの半分ほどを数え、それをゼファーの手に握らせた。
「ゼファーの分。受け取ってね」
「これ……よくわかんねえけど、これってすげえ大金じゃねえの?」
突然のことに、ゼファーは目を白黒させる。
「荷物もちと今まで留守番してくれた分。それからあのジャムの分も」

「それじゃ、わたしは荷物を置いてくるから、ゼファーは適当にあちこち見てて?」
ゼファーにゆっくりと見物させたいイリスは自分だけで家に戻るつもりのようだ。
「え、俺も行くって」
「これぐらいならわたしだけで大丈夫。バザーはみんな片付けだしてるから、他の人たちと一緒に帰れるし」
「ほんとに大丈夫か?」
「ほんとに大丈夫よ」

最後のやりとりを3回ほど繰り返したのち、二人は一旦別行動をすることにした。



イリスと別れたゼファーは、店を見るでもなく、自分がさっきまでものを売っていた場所にただ立っていた。
ちらほら空きが出てきたとはいえ、バザーの通りはまだ賑やかだ。
斜め向かいではあの果物屋がまだものを売っていた。品数がだいぶ減っているので、向こうもそろそろ片付ける頃だろう。

「…………」
そんな様子を眺めていたゼファーはいつになく真剣な顔をすると、手ににぎったお金に目をやり、ターバンをほどきはじめた――


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2009.04.29